シエスタ・フェスタ！｜リアクション

シエスタ・フェスタ！

●シエスタのお時間

　窓ガラス越しに差し込む光さえ、桜月には眩しすぎる。だから柔らかなレースのカーテンは光を遮り、主人を強すぎる光線から守っていた。
　しかし当の月はというと、そんな天気のことも、主人想いのカーテンのことも忘れ去り、無心で色鉛筆を動かしていた。
　紙の上をすべる色鉛筆は、月の肌や髪の毛のように繊細な風合いの足跡を残していく。
　美しい曲線を描いたその時、ふと足が、いや月の手が止まった。
　しかし完成したわけではなさそうだった。
　月は思い出したように、胸に溜まった息を吐き出す。
「駄目だな……」
　そっと色鉛筆を置いて、すっかり汗をかいているグラスに手を伸ばした。
　氷はだいぶ溶けてしまっているけれど、まだ冷たい。
　淹れてくれた人の配慮をありがたく思いながら、そっと口に含む。
　すっきりとした味わいが口をすすいで、喉をあっという間に潤してくれた。
　ほんのりと鼻を紅茶の香りが抜けたところで、月は時計に視線をやった。
　時刻は一四時をすこし過ぎたところ。
「あ、」
　もうこんな時間だ。
　そう自覚すると、きゅっと胃が収縮したような気がした。朝からなにも食べていないことも思い出す。
　冷房をつけていたのに、しっとりと汗ばんだ服を脱ぎ捨て、月はクローゼットを覗きこんだ。

　長い手足をうんと伸ばして桃川圭花がベッドから身を起こした時に目にした時計も、もうとっくに正午は過ぎたと示していた。
　けしてそのことに絶望したわけではなかったが、圭花はうっそりと息を吐いた。
　息を吐いたらすこしは体の熱が逃げていくような気がして。
　湿り気を帯びたパジャマの不快感に眉をひそめながら、圭花はメガネを手に取る。
　それをかけて、そっと窓辺に立った。
「……とても出かける気にはなれないわね」
　昨夜も寝苦しかったが、当然だがこんな、射抜くような日差しはなかった。
　けれど体は正直だ。お腹が『早く食事を！』とわめいている。
　ちょっとくらい我慢しなさいよね。
　自分の体に対してもストイックに。
　圭花はまず汗を流してから、ようやく――レシピブックを手に取った。
　やはりシビアな圭花。
　お腹はこんなに空いているのに、今から調理するという。
　苦言を呈するお腹を無視して、圭花はキッチンに向かった。

　けれどやはり外に比べれば、家の中の暑さなど可愛らしいものだ。
　それこそ肌を射抜くような熱光線といっても過言ではない。
　薄手の服を着ていても――というよりは洗い古して擦り切れたTシャツを着ていても、あちこちが破れて風通しのイイジーンズを履いていても、涼しげとはいえないけれどブカブカで蒸れとは無縁のサンダルを履いていても――獅子島市子は、この暑さは人を焼き殺そうとしているに違いないと思った。
　肩には、リュックサックよりもずっと簡易な作りの強いて言うならズタ袋を引っさげて、右手にはコンビニ袋を携えた彼女。
「……あっちー」
　呟いてみても気温は変わらない。
　薄いTシャツは当然のことながら吸水性に富んでいるとはいえず、すっかり濡れそぼっていた。
　豊満な曲線をなぞって、その姿は野性的で扇情的。
　ただ本能的に静かな方へ静かな方へと向かっていたから、人とは会わずに済んだのが救いだろう。
　市子はそんなこと気にしないのだから、彼女にとってではなく、相手にとっての救いだけれど。
　旧市街からシーサイドタウンに向かう橋にかかったところで、市子は足を止めた。
「あー……」
　この下なら涼しいかもしれない。
　市子は橋を渡らずに、そのまま河川敷に降りていった。

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