せんせいといっしょ：若林先生編｜リアクション

せんせいといっしょ：若林先生編

（次の授業……日本史だっけ。めんどーだなぁ……）
　眠そうな緑の瞳で確認すると、久坂日和は溜息か欠伸を噛み殺したのか分からないような息をつく。
　特に昼食後のこの時間は、眠かったりダルかったり。
（うん、さほろーっと）
　日和の思考は悪びれもなく、自然にその方向へ向かっていた。
「あ、さほ先生、こんにちはー」
「あら、今日もなのね」
　控え室にやって来た日和の顔を見て、沙穂先生が苦笑する。
「わかってまーす。一時間だけでしょ？」
　余計な事を言われる前にそう告げて、日和はのんびりソファで寛ぎ始めた。
「仕方ないわね」
　と苦笑しながらも、沙穂先生は咎めない。
　こんな様子の彼でも、必要最低限の授業は受けるつもりがあるようだし。
　実際のところ、日和は勉強が嫌いだった。
（特に興味もない話を永遠に続けられて、それを理解しないといけないの、どーにかならないかなぁ。かといって退学する訳にもいかないし……）
　常日頃そう思っていて。
（まー、てきとーに必要最低限だけこなしてけばいいかなぁ、なんてね）
　この学校に居心地の良い、面倒な授業をやり過ごせる場所があったのは良かった。
　ふわぁぁ、と思わず欠伸が出てしまう。
　沙穂先生は机に向かって、何かを纏めているようだ。
（んー、まだ時間あるし……）
　ぴんとした細い背中を眺めながら、日和は重たくなった瞼を閉じた。
（おやすみなさーい）

　ホームルームが終わって。
　マコトはもう一度、控え室を訪ねた。
（ん？　誰か寝てる）
　ソファでブランケットを被っている人物の、ふわふわした白い髪が見える。
　眠っている生徒を起こさないように、マコトはそっと忍び足で部屋に入った。
　窓際の机に向かい、緑茶の缶とメモを置いた。
　さほりに来た時、好きな飲み物を聞いておいたのだ。
『せんせー、コーヒー派？　紅茶派？』
『どっちも好きだけど、緑茶が一番馴染み深いわね』
　思い出して、マコトの口許が綻ぶ。
「誕生日おめでとう、沙穂ちゃん」

　メモに書かれた、今日の感謝と誕生祝いの文面を読んで、沙穂先生は目尻を下げた。
「後でお礼言わないとね」
　缶を脇に置いて整理などを始めた彼女の背後で、寝ていた日和がもぞもぞと動き出した。
「うぅん……あれ？」
　ちょっと頭を上げ、寝ぼけまなこで周囲を見回す日和に、沙穂先生は笑みを向ける。
「おはよう。もう放課後よ」
　ちょっと呆れたような口調だけれど、相手は一度眠ってしまうとなかなか起きない日和だ、仕方ない。
　むくりと起き上がった日和は、自分に掛けられていたブランケットを持ち上げる。
（んー、やっぱりさほ先生はやさしーなー）
　表情を変える機会の少ない彼の口許が、ちょっと緩んだ。
　軽く畳んだブランケットを、ソファの端に置いて。
「先生、ありがとーございましたー。じゃー、僕は教室に戻りまーす」
「ええ、またね。気を付けて帰るのよ？」
　扉を潜る日和を、沙穂先生は机から振り返って見送った。