未来の寝子島にあなたはいますか？｜リアクション

未来の寝子島にあなたはいますか？

　締め切った厚手のカーテンのせいで部屋は薄暗い。中央に敷かれた布団は役に立たず、水守流は机に突っ伏した状態で眠りに落ちていた。
　眠りが浅いのか。呻くような声が微かに漏れる。
「……肩が、バリバリだ……今、何時だ？」
　ぼんやりとした目で上体を起こす。机に押し付けられた片方の頬を手で摩った。
「ここは……桜花寮じゃないのか？」
　部屋に見覚えが無かった。流は渋い表情となる。
　――昨日、寮に戻った俺は最新のネトゲをしていたはずだ。熱中して夜になって、そこからの記憶がないってことは寝落ちしたんだよな。
「どうなってんだ？」
　手掛かりを得ようと手前にあるパソコンを起動させる。表示された日付に仰天した。
「おいおい、十年後ってホントかよ！」
　声を上げた直後、待てよ、と一言で冷静さを取り戻した。
　――イタズラかもしれない。眠気が酷くて俺が設定を弄った可能性もあるんじゃないのか。
　手掛かりを求めてメールのチェックを始める。未開封のメールが届いていた。早速、開いて内容を読み込む。
「ウソだろ？」
　目を血走らせて何度も読んだ。
　――ここは本当に十年後の世界で、俺は旅行雑誌の依頼で寝子島グルメ特集の記事を書いていたのか。締め切りとか言われてもピンと来ないのだが。
　少しショックだ。俺はてっきり、プログラミング関係の仕事に就くか、プロゲーマーとして名を馳せていると思っていたのに、横からぶん殴られて方向性が変わったようだ。
　パソコンをシャットダウンした。ふらりと椅子から立ち上がる。両腕と腰を回した。
　――昼飯を食いに行くか。フードライターみたいだし、ネタにもなるだろう。
　ボサボサの髪を適当に手で撫で付ける。着ていた黒い半袖シャツとチノパン姿で出掛けていった。

　街をぶらぶらと歩く。
「変わらねぇな」
　劇的な変化はなかった。どこか古ぼけた店舗は全て見知ったところだった。
　――まあ、十年くらいで大きく変わるなんてことは……行き過ぎたかな。
　流は歩いてきた道を引き返す。今度は見逃さないように横手の店舗を順に目で追っていく。
「ない、だと？」
　十年の時はささやかな変化をもたらしていた。流は左右に目を動かし、間もなくして大きな溜息を吐いた。
　――俺のお気に入りの焼肉店がない。マジか。胃袋に痛恨の一撃を食らった気分だ。
　流は仕方なく、漁港を目指した。近付くに連れて足が速くなる。
「まさかな」
　口にしながらも表情は冴えない。海の香りが胃袋を適度に刺激して何度目かの生唾を呑み下す。
　足を止めた。若干、目が潤んでいた。
「あったよ～」
　全身の力が抜けた。古めかしい店舗は時を感じさせなかった。木製の引き戸を開けて流は店に入った。
　迷うことなくカウンター席に座る。おしぼりを持ってきた店員に海鮮丼を注文した。
「ふぅ～、なんか落ち着く」
　冷えたおしぼりを顔に当てた。首筋を拭いて綺麗に折り畳んでカウンターに置いた。
「海鮮丼になります」
　新鮮な魚介類が山のように盛られ、縁から零れそうになっていた。
「これ、これ」
　山の頂点にあるイクラとウニの塊を割り箸の先端に載せて一気に食い付いた。幸せな笑みを浮かべて味わう。
　周囲にいた人々が露骨な視線を向けてきた。食べ終わって席を立とうとした家族連れが座り直し、海鮮丼を注文した。至るところで同じ注文が入り、店は活気付く。
　スマートフォンで海鮮丼の写真を撮り終えた男性が立ち上がって流に声を掛けた。
「水守さんですよね。サインをお願いできますか」
「え、俺にサイン？」
「もちろんです。水守さんが訪れた店は繁盛して凄い賑わいを見せます。福の神の通り名も頷けます」
「そう、まあ、そうだな」
　流は当たり障りのない顔でサインをした。喜びを露わにする男性を余所に思考を巡らせる。
　――ろっこんのメシテロジツの影響だよな、これは。それで俺はフードライターになったのか。でも、焼肉店は潰れたんだよな。
「……未来は不安定か」
　愚痴に似た呟きを口にしつつ、海鮮丼を無邪気に頬張った。