未来の寝子島にあなたはいますか？｜リアクション

未来の寝子島にあなたはいますか？

　午前の講義が終わった。木天蓼大学のキャンパス内は学生の姿で溢れた。曖浜瑠樹は人の流れに乗って大学を後にした。
「どうするかなぁ」
　左右の道を交互に眺める。迷った挙句、足は右を選んだ。シーサイドタウンの通りを歩いていくと横手に手芸店が見えてきた。思わず、表情が緩む。
　――新作の縫い包みに相応しい生地があればいいなぁ。
　店内に入ると即座に生地のコーナーへと向かった。
「色がいいねぇ」
　飾られた生地に微笑み、愛おしいという風に手触りを確かめる。
「あの、サインをいただけないでしょうか」
　横手からの声であった。高校生くらいのポニーテールの女子が俯き加減で立っていた。
「オレでよければ」
「ありがとうございます！　あの、手帳で申し訳ないのですが」
　両方の耳朶を赤くして言った。
　その遣り取りを目撃した女性達が色めき立つ。
「あ、あの、私にもサインください！」
「縫い包み作家さんですよね！　わたしも！」
「私の背中にサインをお願いします！」
「あー、待ってー。押さないでよぉ。サインが歪んで上手く書けないよぉー！？」
　瞬く間に瑠樹は騒動の渦中に叩き込まれた。泣き笑いの表情でサインに追われた。
　人の流れが途絶えた瞬間、急いで生地を買い込んだ。
「びっくりしたなぁ」
　紙袋を手に提げて手芸店を早足で出ていった。
　かなりの生地を買い込んだ。その影響で瑠樹はふらふらしながらの歩みとなった。
　――指が痛くなってきたよぉ。一回、自宅に帰ったほうがいいかなぁ。
　書店を目にした。自動ドアに雑誌の切り抜きのような物が貼り付けられていた。
「これって……」
　見出しの部分に『寝子島が生んだグラビアアイドル』とあり、後の記事に桃井かんなの名前を見つけた。
　――桃井さん、人気だねぇ。小学校の時、同じ四年二組でかわいいとは思っていたけど、今はそれ以上に輝いていて会うことが難しくなったんだよねぇ。
　目は記事を読んだ。撮影の予定が書かれていた。日付は今日で場所の一つに寝子ヶ浜海岸とあった。
　――会えるのなら新作のふわふわ手乗りにゃんこをプレゼントできるかも。
　瑠樹はとろけるような笑みを浮かべた。