未来の寝子島にあなたはいますか？｜リアクション

未来の寝子島にあなたはいますか？

　締め切られたカーテンが朝陽を受けて明るくなった。室内の温度が上がってきたのか。ベッドに横なっていた佐藤瀬莉は寝返りを打つ。安らかな寝顔は苦しげなものに変わった。
「……まだ眠いのに……もう朝なの？」
　横を向いたまま、瞼を開けた。生欠伸をしてゆっくりと上体を起こす。
「なんか、いつもと違うような……」
　頭を下げた。胸が膨らんでいた。パジャマの中に手を入れて確かめる。
「大きいんだけど……」
　複雑な表情でベッドから下りた。意識して背筋を伸ばす。
「……背が伸びた？　育ち盛りだから？」
　疑問は尽きない。解消する為に部屋の隅にある姿見に全身を映した。
　二十歳を少し超えたくらいの美人が小首を傾げた姿で見詰めてきた。小学生の頃と違って髪はセミロングの短さで切り揃えられていた。
　瀬莉は目頭を揉んだ。強い瞬きを繰り返し、再び姿見の姿を目にして溜息を吐いた。
「まずは着替え、かな」
　クローゼットを開ける。吊り下げられた服を片っ端から見ていく。
「なんか大人っぽいんだけど」
　透けているような服は避けて白いブラウスと活動的な黒いパンツで纏めた。
　部屋を出る間際、ぴたりと動きを止める。考えるような表情でぽつりと口にした。
「もしかして他にも……」
　苦笑いを浮かべて、ないない、とおどけた調子で出ていった。

　廊下を歩いていると自然に鼻が動く。誘われるようにキッチンへと入っていった。細長いテーブルの定位置には父親がいた。タブレットで新聞を読んでいるようだった。
「まだ寝ていても良かったのに。時差は大丈夫？」
　キッチンに立っていた母親が目尻に皺を寄せて微笑む。
「時差は、まあ。おはよう」
　瀬莉は両親の様子を窺うようにして椅子に座った。
「あのー、時差って話なんだけど、あたしのことだよね？」
　タブレットに目を向けていた父親が顔を上げた。
「もちろんだ。スイスの時計学校に留学して昨日に帰ってきたじゃないか」
「あ、うん、そうだったね」
　母親はサラダを盛り付けた皿を瀬莉の前に置いた。
「しばらくはゆっくりできるのよね」
「あたしは、まあ、そうかな」
「時差だけじゃなくて、久しぶりの我が家で子供に戻ったみたいね。『あたし』になっているわよ」
　やんわりとした母親の指摘にぎこちない笑みを返す。
「いつもは『私』だけど、家だから『あたし』でもいいかなって」
「スイスの学校が休みの間、我が家でのんびりしていればいい」
　父親は白い物が混じるようになった髪を撫で付けて言った。
　その後、瀬莉は綱渡りのような会話を強いられた。噛み合わない話を笑顔で誤魔化し、急いで朝食を平らげた。
「久しぶりの島を見てくる！」
　強引に会話を打ち切り、逃げるようにして外に飛び出していった。

　日差しの厳しさを考慮して日傘を差した。柄を肩に載せてクルクルと回しながら歩いた。
　駐車場を見つけて立ち止まる。両目を閉じて少し頭を下げた。
「ここはー……」
　声を引き伸ばし、瞬時に顔を上げた。
「古い時計屋さんがあったのに……もう無くなったんだ……」
　沈んだ声を引き摺るように歩き出す。
　書店が目に留まった。中型の店舗で看板の文字の一部が掠れていた。
「ここはあるんだ」
　歩幅が大きくなった。向かい風を物ともしない足取りで歩いた。
　――身体が軽い。病気の再発の心配はいらないのかも。見た目だけじゃなくて、きっと中身も変わったんだね。
　背筋がピンと伸びた。
「青いね」
　目を細めて空を見上げる。青いカンバスに細長い飛行機雲が真っ直ぐに描かれていた。