未来の寝子島にあなたはいますか？｜リアクション

未来の寝子島にあなたはいますか？

「ああ、時間が！　でも、この髪型じゃないと！」
　百岳甘桃が洗面台の鏡に向かって苛立ちの声を上げた。リボンを模した髪型が綺麗に纏まらない。全体が微妙に歪んでいた。急いで解いて結び直す。
　傍で見ていた母親がそっと近づいてきた。
「昔みたいにママがしてあげようか？」
「一人で出来るって。もう小さい子供じゃないんだから」
　甘桃は咎めるような目で言った。
「本当に？」
「そこで見ていたらわかるよ」
　束ねた髪がばらけないように結んでいく。左右の膨らみを意識してふんわりと仕上げた。
「ほらね、完璧でしょ！」
　軽く跳んでも崩れない。甘桃は鞄を背負うと玄関へと走った。
「ママ、いってきまーす！」
　笑顔で手を振って家を出た。

　甘桃は弾むようにして歩いた。肩に掛けた臙脂色の鞄に取り付けた多数のマスコットが陽気に踊り出す。カチャカチャと賑やかな音を立てた。
「かわいいんだから仕方ないよねー」
　途端に歩幅が小さくなる。考え込むような表情へと変わった。
　――小学生の頃は本当にかわいいものが大好きで、フリルの付いたピンクの服がお気に入りだったんだよね。もう卒業したけど、ファンシーな雑貨は今でも好きでコレクションを見ているだけでなんか癒される。
　高校では風紀委員だから、少し自重して鞄のマスコットを減らしたんだっけ。
　横手から声が聞こえてきた。目で見ると同じ制服を着た女子がスマートフォンを耳に当てていた。
「うん、そうそう。今なら半額だから学校帰りに寄って行こうよ」
　甘桃は見ながら、あ、と小さく声を漏らす。制服のポケットに手を入れて自身のスマートフォンを取り出した。専用のカバーには愛らしい物が象られ、朝陽の中でキラキラと輝いていた。
　画面に表示された友達にメッセージを入れる。
『今日の帰り、カラオケ行かない？　半額のクーポンがあるよ！』
　送信してすぐに返事があった。
『いくいく、ああーん（ハート』
『朝から頭が桃色！（大爆笑』
　笑って遣り取りを終えた。スマートフォンをポケットに入れると小走りになった。
　寝子島高校が見えてきた。正門には黒崎俊介の姿があった。生徒達に柔らかい笑みを向ける。
「おはよう、僕だよ」
　甘桃は笑顔で駆け寄った。
「黒崎校長先生、おはようございまーす！」
「おはよう、校長の僕だよ」
「あ、そうだ！　昨日のmewtubeの『歌ってみた動画』なんだけど、なーんか微妙に音を外していて私的にはイマイチでしたよ」
　甘桃は明るい声で感想を口にした。返事を待たずに軽く一礼して正門を通り抜ける。
「ちょっとショックの僕だよ」
　しょんぼりした声が後ろから聞こえてきた。甘桃は前を向いたまま、くすりと笑った。
　――先生、声はいいんだけど歌はあまり上手くないんだもん。
　甘桃は歩く足を速める。周囲から、おはよう、と声を掛けられた。クラスメイトやクラブの後輩達だった。
「みんな、おはよー！　今日も元気に青春しようね！」
　降り注ぐ朝陽の中、甘桃の笑顔が弾けた。

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