未来の寝子島にあなたはいますか？｜リアクション

未来の寝子島にあなたはいますか？

　白いビキニ姿で屋敷野梢は砂浜を歩く。豊満な胸が重そうに揺れて男性達の目を惹き付ける。
「仕方ない人達ですねー。サービスしてあげまーす」
　梢は両手を後頭部に当てるような格好で胸を強調した。
　瞬間、世界は蜃気楼のように揺らぎ始める。色彩は失われて黒く蝕まれていった。
「……肘が……痛い？」
　梢は瞼を開けた。運転席を倒して仰向けになっていた。バンザイする形で片方の肘がサイドドアに当たっている。
　目を擦りながら上体を起こした。車内から出ると目の前に家があった。
　梢は大きく息を吸った。
　――高校時代に過ごしたおじいちゃんの家に帰ってきたのですね。愛車で片道四百三十キロはさすがに堪えました。着いた安心感もあって眠ってしまって、何か夢を見たような気もしますが、たぶん気のせいでしょう。
　肘を摩って家の中に入ろうとした。頑なに拒まれる。鍵が掛かっていた。
「おじいちゃーん！　帰ってきましたよー！」
　大きな声のあと、耳を傾ける。返事は無く、何の物音も聞えて来なかった。
　――留守のようですね。これからどうしましょうか。
　梢は後ろを振り返る。愛車であるダークレッドのハッチバックに目が留まった。フロントドアの下部に白い飛沫が付着していた。
「泥撥ねですねー」
　じっと見詰めて表情を緩める。
「洗車はどこでも出来ますからねー」
　おさげを左右に揺らしながら道に出た。一方に決めて早足で歩く。自ら生み出した風に目を細めた。白いスカートが軽やかにはためく。
　参道商店街に足を踏み入れた。口角がキュッと上がり、オリーブ色の瞳の輝きが強くなる。
　――ああ、懐かしいな。この辺りは何も変わっていませんね。元々が古い町並みなので十年くらいでは。
　梢は目を丸くした。左右の店舗を見て中央に戻す。
　――駄菓子屋が駐車場になっていました。十年という月日は侮れませんね。
　納得した様子で梢は方々を見て回る。
　商店街の端までやってきた。道端に置かれたベンチに一人の女性が座っていた。横向きの姿でソフトクリームの先端を口に含んだ。
「あれは……」
　楕円の眼鏡を掛けていた。胸は大きく迫り出し、ブラウスの横には皺が寄っていた。
　――十年間の重力に耐えた、あのふざけた胸は間違いありません。
　梢は大股で歩いて声を掛けた。
「島岡先生、お久しぶりです」
「あっ、屋敷野さん、本当に久しぶりですね。その、大きくなった？」
「疑問で返さないでくださいよー。まあ、十年前とあまり変わってないですねー」
　梢は空いているところに座った。
「屋敷野さん、今は何をしているのですか？　希望の大学に合格したことは知っていますが」
「私ですか。大学を卒業後は京都に移り住んで、大学院を経て博士課程の途中ですね。今日は空いた時間を利用して戻ってきました。そうそう、十年前と同じで、まだ学生なんですよー」
　梢は屈託のない笑みを見せた。
「島岡先生はどうですか」
「今は先生をしていなくて、その、カーレーサーとして世界を転戦しています。私も今日はオフなので」
「すごいじゃないですかー。刺々しいツマグロヒョウモンのイモムシが蝶になったくらいの劇的な変化ですよー」
「えっ、はい。屋敷野さんらしい表現がいいと思います」
「それはそうと、ポトリとなっているのですがー」
　梢は視線を下げる。白い物体がひしゃげた形で落ちていた。
「えっ、私のアイスクリーム！？」
　手にはカップのコーンだけが残っていた。
「島岡先生も変わらないですねー」
　足をぶらぶらさせて梢は無邪気に笑った。