＜零神探訪＞白の獄（ホワイト・プリズン）｜リアクション

＜零神探訪＞白の獄（ホワイト・プリズン）

●出発準備・１

　なにかと縁があるし付いてきちゃた、という神薙焔は、連れて来たペットのセントバーナード犬・ゴンザレスの首筋にしがみついて暖を取っている。

「今度は北極かあ、未だ謎の多いフランクリン遠征隊の足跡を追ってみたいけど……」
　北極を中心とした地図を見ると、ヨーロッパと北アメリカ大陸は、案外近い。この北極航路を開拓すべく２隻の船に十分な隊員と物資を積んでヨーロッパから出立したのが英国のフランクリン遠征隊である。しかしこの北極探検隊は、道半ばにして消息を絶った。この失踪は十九世紀最大の遭難と呼ばれ、エレバス号とテラー号という２隻の船は１５０年間以上行方がわからぬままであったが、近年、北極圏近くの海峡でこれらの船が相次いで発見され話題となった。
「……フランクリン遠征隊の足取りって北極点からは1,000マイル以上離れてる？　ちょっと遠いわね？」
　北極観光もしたいけれど、今日のところはその余裕はなさそうだ。

　みんなのメディックとして信頼厚くなってきた音海なぎさは、いつもどおりのメディカルバッグを手に青のコートの前を掻き合わせる。

「うっわ、さむっ。……だけど思ったより寒くないね？」
　北海道の冬は死ぬほど知っているから、このくらいの寒さであれば、ちゃんと防寒してれば大丈夫だと思っているが、念のため、携帯用のブランケットも持ってきた。
「それにしても、日本じゃ見られない景色がたくさん見られて、不謹慎かもしれないけれどものすごくワクワクしてる自分がいるよ」
　その言葉に、あまりの絶景にスケッチしていた小山内海が頷く。

『こうしてみると一面真っ白で何というか現実じゃないみたい』
「こんな綺麗な世界、守りたいと思っても嘘じゃないよね」
『そうだね。それにしても、うぅ～寒いなぁ。さすがは北極。これでもまだましな方なんだよね』
「ブランケットいる？」
『ありがとう。借りようかな』
　海はなぎさから借りたブランケットを羽織り、景色を写し取る作業に戻る。

　その向こうには、バットを手に素振りするブリジット・アーチャーがいる。
「私夏生まれだし、あんまり寒いの好きじゃないのよね」
　風邪をひかないように防寒着を着込み、妨害に備えて愛用のバットも持ってきた。
「氷の上でフルスイングとかしたくないけどね」
　体を捩じるブリジットの脇では、夜海霧楓がユチェンを誘ってストレッチ中である。
「いざってときに体動かせるようにしとくのは大事だ。機動力が命の戦い方をしてる以上、防寒具を着たままでも同じくらい動けるようしないといざというとき動きが鈍る」
「そう言って、ここに来る前、オレに稽古つけてくれましたよね」
　ユチェンは肩のあたりを回しながら苦笑した。楓にとっては戦いの前の『気休め』でも、ユチェンにとっては実のある訓練であったらしい。
「ま、お前が学ばなきゃいかないのは身体よりも心の強さの方だと思うが。その辺は俺らよりも戦えない奴の方がよく知ってるのがなんとも」
「そんなことないです。……精進します！」
　
◇

　氷上と言ってもまっ平らな平原のようになった場所ばかりではない。氷同士がぶつかり、重なり合ってまた凍り、でこぼこと辺りより高くなった個所もある。
　そういった偵察に向いた氷の高台で、純白のシーツのような布を頭からすっぽり被ったサキリ・デイジーカッターと志波武道が、背中合わせに双眼鏡を覗いて周囲を観察している。
「志波先輩」
「なんだいサキリくん」
「あそこ」
　サキリが指さす方に、武道は双眼鏡を向ける。
「んーなんだ？　白っぽいなにかが動いてる……気がするネ」
　頷くサキリ。
　すると新田亮が自分の荷物を荷ほどきしはじめた。
「俺に任せてくれ。そんなこともあろうかと、コレを準備してきたんだ」
　出てきたのは、カメラ付きのドローン。学生に手に入る程度の安価なものではあるが、ラジコンのコントローラー部分にスマホサイズの画面があって撮影した映像をほぼリアルタイムで観ることができるので、索敵にはぴったりだ。
　準備が整うと、亮はゲーム機のそれに似たコントローラーを握り、スロットルを上げる。
　ドローンが空中に浮かび上がる。
「風、オッケー。行け」
　サキリと武道が手庇をしてドローンの動きを見守っている。
　亮はコントローラーを握りながら、じつは必死に寒さに耐えていた。
　俺が寒がりだってことは秘密にしないとな。弱みは見せたくないし）
　まもなく、上空から見た白の世界が、手元の画面に映し出される。