＜零神探訪＞白の獄（ホワイト・プリズン）｜リアクション

＜零神探訪＞白の獄（ホワイト・プリズン）

●寝子島～R&R Agency事務所

　八月、真夏の寝子島はシーサイドタウンの一角にある雑居ビル、青いドアを開けた先にあるR&R Agencyの事務所には、留守番を務めるリンコ・ヘミングウェイと桜月の姿があった。
　リンコはソファに寝転び、ひじ掛けの上で足を組むというリラックスした姿で、書類に目を通している。
　長い黒髪がソファの背もたれに扇のように広がっている。
　美しいなと思いつつ、月は冷たい抹茶を入れたグラスを二つ、テーブルに置いた。

「私とリンコさんしかいないからって、その恰好は少々だらしなくはないかい？」

「そう？　構わないでしょ？」
　書類から目を逸らすことなくリンコは答える。

「それより月さんはどうして北極に行かなかったの？」
「いや、寒そうだし……紫外線も強そうだしね」
　赤い瞳と白銀の髪が美しい少女は、生まれつき色素が薄く日光に弱い体質であった。
　夏は主に室内で凄し、日差しが弱まった夕方から行動することも多かったりする。
　その外見を両親に気味悪がられた幼少期の経験は、小さくない心の傷だ。
　両親との関係を不憫に思った祖父母の屋敷に引き取られた月は、まもなく祖父母の趣味から服飾に興味をもちはじめた。今は服飾デザイナーを目指して勉強中の身である。
　月は、リンコの向かいのソファに腰かける。
「北極みたいな極寒の場所で着る服かあ。あまり考えたことなかったけど面白そうだな」
　ノートを開き、頭に浮かんだアイデアを思いつくまま書き留めていく。
　しばしの沈黙。
　カリカリ、という月の鉛筆を動かす音と、時折リンコが書類を捲る紙の擦れる音のほかは、空調のファンの音だけが事務所に静かに響いている。
　月が梨香とリンコに、対になるようなファー付きのショート丈とロング丈のコートを思いついたところで、梨香のデスクの上に置いてあった黒い昔の電話の受話器サイズの機械がコール音を発した。
「それは？」
「北極とのホットラインよ。衛星通信経由で連絡が取れる」
　そう言ってリンコは受話器めいた機器を取った。
『拝啓、ミナサンオゲンキデスカ……』
　黒い機器から志波武道の声が流れ出す。戦時中のラジオみたいにひび割れた声だが、内容は分かる。
　リンコは報告を聞き、
「了解。引き続きよろしく」
　短く伝えて切った。
「北極のみんなと連絡取れるんだね」
「一応ね。音質も遅延もひどいけど」
「連絡つくなら、こっちでも動いてみる価値がありそうだね」
「動くって？」
「ネットとか使って北極の情報を集めてみるよ。今までにも何かオカルト的な話や、本来ならあり得ないような出来事の情報があるかもしれない」
　デザインノートを閉じると立ち上がり、デスクに席を移ってパソコンを起動する。
　事務所で飼っている茶色いファラオハウンド犬のユリウスがはっはっと舌を出して月のそばにやってきた。
　月は、そんなユリウスの首筋を撫でて言った。
「わかったよ。一緒に調べよう」

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