栗色の髪はサイドテールに結い上げて、右の眼にはシンプルな黒い眼帯、制服を着崩した風にも見えなくはないチェックのスカートに黒キャミソール、羽織るは特攻服にも似た白いジャケット。
　『邪気眼を凝らせば……』、通称『邪気凝ら』と呼ばれる厨二伝記少女恋愛漫画のヒロインのコスプレ姿で、高梨 彩葉は空色の瞳を迷わせる。
(運動会以来のコスプレだ、けど)
　キャットロードではコスプレが出来ると聞いて、去年の仮装マラソンで一度着たきりの衣装がもったいなくて引っ張り出して身に着けてみたのはいい。けれどキャミソールはおへそが覗くし、スカートは素足な太腿の覗く危い短さ。いつもの服と違い過ぎる衣装はやっぱりなんだかちょっぴり恥ずかしい。
(うん、でも……)
　自分の衣装から視線を逸らし、彩葉はイベント真っ最中なキャットロードを、自分の隣を見遣る。
(いや～、やっぱりコスプレしてても)
　仮装マラソンでヒロインの運命の相手のコスプレをした志波 拓郎にも、今日は同じ衣装の着用をお願いした上でネコフェスに誘った。
　『邪気凝ら』のヒーローの衣装は赤のインナーに黒いコート、緋色の指ぬき手袋。黒髪に青のメッシュ、黒いレザージーンズにはダメージも入っている細部に至る再現度の高さ。
　拓郎の兄が手縫いした『邪気凝ら』のコスチュームは、弟である拓郎への愛に溢れていると言っても過言ではないほどに拓郎によく似合った。
(拓郎はかっこいいよ)
　いわゆる厨二要素満載な衣装であっても、背が高く筋肉質な拓郎が纏えば恐ろしく絵になる。彼氏、だという贔屓目で見なくても、
(うん、拓郎はかっこいい)
(……コスプレ、すこし……照れる、けど、)
　いつもは長く伸ばした前髪で隠れている彩葉の鮮やかな青い瞳が自分を見上げていることに気が付いて、拓郎は睫毛を何度も瞬かせる。兄お手製の衣装を身に纏うのは気恥ずかしくもあるけれど、彼女な彩葉には『邪気凝ら』ヒロインの衣装はとても似合う。いつもかわいい彼女が更にきらきらかわいい。
(彩葉さんと、一緒なら……)
　いつもと違う服装の彼女を見るたびになんだかどきどきほわほわして、
(うん、たのしい……！)
　彩葉からの誘いならば喜んでとネコフェスに参加して良かった、と拓郎は心底思った。
「やっぱりコスプレしてる人がたくさんいるね」
「みたことある漫画やアニメの格好の人が、一杯いる……」
「あ、あれ、好きな漫画のキャラクターだ！」
　アニメソングを奏でる路上ライブのバンドの周りに、二次創作作品を販売するブースの前に、コスプレ衣装を扱う店舗の傍に。アニメやゲームのポスターがそこかしこに貼り付けられたキャットロードには、同じようにコスプレを楽しむ人々に溢れている。
　色んな世界観のキャラクターが一同に会する様子が楽しくて物珍しくて、あちらこちらと視線を巡らせる拓郎と彩葉の前、
「そこ行く『邪気凝ら』なお二人、写真撮らせてもらっていいですかっ」
　黄色い鳥の着ぐるみを被ったコスプレ衣装屋のスタッフに声を掛けられた。
「え、写真……ですか？」
　眼を丸くしてから、拓郎は隣をうかがう。彩葉に僅かでも嫌がるような素振りがあれば断ろうと思うも、
(大丈夫、かな……)
　驚いたような照れてくさいような様子を見せてはいるけれど、嫌がってはいなさそうだ。
「いい、かな？」
「うん、……いい、よね」
　視線を合わせて頷きあい、拓郎と彩葉は着ぐるみスタッフの申し出を承諾する。
「ありがとうございます！　ではではー！」
　着ぐるみのどこかからカメラを取り出して構えるスタッフに向け、彩葉が少し照れを残しつつポーズを取る。漫画何巻目かの表紙と同じポーズを取る彩葉に合わせ、拓郎もポーズを揃える。
「異能『邪気眼』！」

　スタッフの声に合わせてシャッターが切られる。それを機に、『邪気凝ら』のツーショットを狙っていた人々が我も我もと名乗りを上げた。
　声を掛けられ幾度となく写真を撮られているうち、最初の羞恥心はどこへやら、彩葉は楽しい気持ちでいっぱいになる。だって隣には拓郎がいる。
(うん、楽しい……！)

「……え？」
　『ニャンダムR』の『漆黒の三兄弟』と呼ばれるラクシーン公国の三軍人の司令塔、長男『堅盾のブロド』。黒を基調とした戦闘服を身に着けた志波 武道は黄色レンズなサングラス越しに眼を瞬かせる。
　『堅盾のブロド』に心底不思議そうに見つめられ、普段と変わらぬ格好な高梨 煉も黒い眼を瞬かせた。
「え……？」
「え、じゃナイでしょー、れんちゃんはもー！」
　身体にフィットするフオルムな戦闘服の腰に手を当て、武道はムッと眉尻を上げる。
「彩葉ちゃんとたー坊がネコフェス行くしコスプレするしの情報教えてくれたのはれんちゃんデショー」
「そうだが」
　友人の弟と自分の妹がコスプレデートに繰り出すと知れば、妹をからかって遊ぶことが楽しいお年頃な自分は思わずその友人に教えてしまうというもの。
　弟を溺愛していると言ってもいい友人のいつもの行動からすれば、カメラ持参で同じ場所に行こうと誘われることも想像には難くない。そう、そこまでは難くなかった。が。
「ってことでれんちゃん、着替えよ☆」
「……何？」

「何、じゃないデショー、勿論俺たちもコスプレしていくに決まってるじゃないですかあー」　
　ばっちりコスプレ済な武道に詰め寄られ、煉は一歩後退る。
「れんちゃんもヤッテモライマース」
「だが何も準備をしていない」
　二歩下がったところで二歩詰められた。心の底から楽し気な武道が示すのは、キャットロードの一角に店を構えるコスプレ衣装屋。
「当日でもだいじょーぶ！　あ、眼鏡なら貸すよ？　はいっ☆」
「その通り！　美少女ゲームから乙女ゲーム、アニメキャラまで揃います！」
　どこからかスペアの眼鏡を取り出す武道と新しいお客の気配を感じたゲームキャラの黄色い鳥の着ぐるみなスタッフにもにじり寄られ、煉は逃げ場を失くした。
「……解せぬ」
「行ってらっしゃーい、れんちゃーん！」
　武道に見送られ、黄色い鳥に衣装の海な店舗内に引きずり込まれ、しばらくして出て来た煉が身に纏っていたのは、黒コートに金色獅子バックルなベルト、眼鏡にツンツン髪なエージェント風コスチューム。
「にあってるぅー！」
「コスプレって初めてなんだよな」　
　店内に入って目についた乙女ゲームの眼鏡キャラを参考にしたコスプレ姿で、煉は小さく笑った。初めてではあるけれど、思い切ってやってみるのは悪くない。
「んじゃー記念すべき一枚目、」
　戦闘服の肩に掛けたカメラを構える武道に向け、煉はまだ残る気恥ずかしさから少し難しい顔で、それでもピースサインをしてみせる。
「はいチーズ！　コスプレ撮るなら自分もなりきった方がよりたのしい！」
「そうなのか……？」
「そうなんたゼ☆　さーとるぞー！」
　張り切る武道に連れられ、ともかくも当初の目的である妹たちのコスプレデート写真を激写すべく、兄二人はキャットロードを歩き始める。
「お？」
　とは言え、イベントももちろん楽しむ。武道が最初に目をつけたのは道沿いに展開されている二次創作本販売ブース。
「この二次創作……」
　イラスト少なめ文字主体な冊子を見つけるなり、武道は目を輝かせる。それは、とある島の埋蔵金を巡る笑いあり激闘ありグルメありな冒険活劇漫画の考察本。漫画への愛が溢れすぎて最早薄い本とは呼べぬ頁数な本を、武道は迷わず手にとってお買い上げ。