夏の思い出、ください……ゲームショップで｜リアクション

夏の思い出、ください……ゲームショップで

　威勢良く入ったつもりだけれど、それは気持ちのうえのこと、実際のところ鬼河内萌は、勝手が分からないのでそーっと気配を殺して店内を散策していた。
　よく知らない政治家の決起集会に来てしまったようなアウェイ感があったがそれは最初だけのことだった。やがて知っているアニメのトレーディングカードを見つけたり、おなじみニャンダムのプラモを眺めたりしているうちに、だんだんと堅いものはほぐれていった。
　呼吸もリラックスしてきたので、萌はぶらぶらとレジカウンターに近づいていった。
「ええとー」
　調査っぽくならないように気をつけて、店員らしき少女に問いかける。
「フィギュアのこと、聞きたいんだけど☆」
「はい」
　本から顔を上げた少女はすっきりした顔立ちだが、眼鏡越しの目がわけもなくサディスティックに見える。ある趣味嗜好のある方であれば、思わず『踏んで下さい！』と懇願したくなるのではないか――などと萌は失礼な想像をしてしまった。
　少女の胸のバッジには『三佐倉千絵』とあった。
　しかしそこから先を言う前に、萌は千絵の読んでいた本に視線がとまって絶句する。
　店員千絵は本にカバーを掛けていなかった。というか本には、図書館のバーコードが貼られている。
　問題は本の表紙イラストだ。
　ひとりの美少年の胸に、ひとりの青年が背後から腕を絡めている。熱っぽいまなざしで少年は青年を見上げ、青年もまた、意味ありげな了承を瞳に込めているではないか。ふたりとも薄く頬を染めている。この絵の十秒後には、なにかがきっと、起こる。起こらないはずがない！
「その本、まさか……☆」
　むっ、と千絵が、目を怒らせたように見えた。千絵は表紙を伏せて端的に言う。
「小説です」
「いや小説はわかるよ。でもそれ『そういう』小説だよね☆」
「そういう、ってどういう意味ですか。言っておきますけれど健全な内容ですから」
　健全という単語で語るに落ちたという気もするが、そういうことだろう。完全にアウトな表現がなければ、最近では図書館にもこのような小説が置いてあるのか。チェックしよう、と萌は心に秘めつつ、あまり追求するとこの千絵という少女は本気で怒りかねないので話題を変えた。
「ボク鬼河内萌って言ってね、野菜原ユウくんの友達なんだけどさ」
　そう、友達。今はまだ。
「ユウくんの注文したフィギュアってどんなものか教えてもらっていいかな☆」
「個人情報ですから教えられません」
　千絵は本をカウンター下に隠しつつ、前方を眼で示した。
「ですが、ご本人にうかがったらいかがですか？」
　眼鏡越しの千絵の視線の先、そこにユウの背中が見えている。
「ありがとっ」
　去り際、つい萌は言ってしまう。
「よさ気な本が有ったらぜひ教えてね☆」
「……だから、健全ですって」

◆　◆　◆

　御巫時子と今道芽衣子は、アメコミグッズのコーナーをのぞいている。
　nerdを自称する芽衣子はアメコミ方面についても造詣が深いらしく、ヒーローのキャラ玩具（いわゆるアメトイ）を楽しげに眺めていた。
「鳥さんに関係するヒーローがいたら知りたいです……」
「時子ちゃん鳥が好きなんだったよね。たとえばこのヒーローとか鷹がモチーフだし……あ、そうだこっちの女の子は鳥に変身できるんだよ」
　アメコミのヒーローといえば非現実的な存在……ということになっているが、その能力は『ろっこん』と通じるところがあり、けっして遠いものとは思えない。
　芽衣子が指したミニフィギュアは、鳥のような髪型をした少女のものだった。一昔前まではアメコミフィギュアといえば筋肉モリモリで愛嬌のカケラもないというのが相場だったが、このキャラクターはくりっとした目をしたキュートな顔立ちで、日本の漫画とアメリカのカートゥーンがほどよく混じったデザインに見えた。
「ヒーローのように好きな人を守れる力は欲しいですね……」
　言いながら時子は人形を手にした。
　鳥に変身できる少女……髪の色も目の色も自分とは違うものの、親近感を感じる。
　ちょうど売り出しているキャラらしく、そのキャラクターモチーフのTシャツも売っている。
「芽衣子さん、お揃いで何か買いませんか……？」
「もしかしてこのキャラのTシャツ？　ちょうど私もほしいと思ってたとこ」
　にっこり笑って芽衣子は応じた。似合う？　と胸の前に掲げてみせる。

　時子の今日の購入物は、試遊したボードゲームとアメコミTシャツだ。
　ゲームのほうはいつか、五十嵐尚輝と遊びたいと思う。
　柵を置くべく四苦八苦する尚輝の姿を、想像するだけでちょっと楽しくなってくる。

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