富士山登ろう！　夏の林間学校！｜リアクション

富士山登ろう！　夏の林間学校！

【富士山登ろう！（５）】

　がんばる恵御納夏朝は小柄に見えて、その実寝子島においてはさまざまなトラブルやら怪異、異変の解決にも尽力してきた、これがけっこー活動的なアクティブ女子であります。
　富士登山は初めてですけれど、踏み出す足には安定感アリ。額に汗してはいるものの、まだまだ、どんどん、登れそうです。
（山頂まで、登れたら……）
　そんなふうに内から湧き上がる彼女の活力には、ひとつ理由があったりもしました。
（ご来光を拝めたら……お願いごと、するんだ……）
　真っすぐな想いを胸に秘め、夏朝は歩を進めます。
　五合目あたりにはちょくちょくあった日陰が、六合目以降の荒涼とした坂道にはほとんどないため、直射日光がじりじりと登山者の頭やら背中を焦がしにかかります。
「し、しんど～……」
　夏朝のそばをちょっぴり前傾姿勢で歩くのは、すこぶるインドア派・綴柚枝。
「足がしぬ～……」
「だ、大丈夫？」
　思わず夏朝が訊ねると、柚枝はひらひらと手を振って答えました。まだもうちょっと大丈夫みたいです。
　それにしても……気温差対策にウェアをばっちり重ね着して、登山靴だって良い物を履いてきました。オシャレと性能を兼ね備えた装備を揃えて、準備は万全！　にも関わらず、この富士山ときたら、まるで遠慮とか容赦なんてものがありません。思っていた以上に、しんどい。つらい！
「……けど！」
　ざ！　由枝も夏朝に負けじと、坂道へ足を踏み出します。
「しんどいのは好きじゃないけど。音作りに活かせるものだって、見られるかもだしなー」
　こんなにも苦労して山頂へ登りつめ、そこで見るご来光の美しさはきっと、彼の得意とする創作活動にだって、多大な刺激やインスピレーションをもたらしてくれるに違いありません。
　そのためだったら、こんな坂なんて！
「うん。がんばろうね！」
「おー！」
　お互い目的は違えど、ともに歩む仲間です。夏朝と柚枝は互いにはげまし合いながら、周りを気づかうことも忘れません。

　砂利道を歩み、階段を登り、にわかに見えたごつごつとした岩場を乗り越えると、七合目の山小屋へ到着です。先んじてたどりついていた仲間たちや、一般の登山客らがベンチへ腰かけ、ほっとひと息ついているのが見えました。
　椎井莉鳥は大げさなまでに胸へいっぱいの空気を吸い込み、吐き出しました。澄んだ空気、美味しい空気とは、こういうことを言うのでしょう。
　日頃から陸上で鍛えているだけあり、莉鳥の体力にはまだまだ余裕がありました。さすがに疲労は感じるものの、今日の目標である八合目までは、もう少し。目的地が近づくと、身体も少し軽くなってくる気がします。
　とはいえ、自分の体調に過信は禁物。無理はせず、あくまで自分のペースで登り切るつもりです。
（あいつは、そんなのつまらないって言いそうね。体力ないくせに）
　元カレ。北里雅樹。関係が終わってからもなお、莉鳥はなにかと彼を思い出してしまいます。
　彼はアウトドア派ではない上に高所恐怖症なのだとかで、富士登山には参加していません。今頃は裾野のどこかを観光気分でぶらついていることでしょう。彼のことだから、きっと目的も無くうろうろとしていることでしょう。
（……なんであいつのことなんか、思い出すのよ）
　ぷるると頭を振って、元カレを思考から追い出そうと試みます。
　莉鳥は山。彼は地上で、きっとこれでいいのです。彼がいたのではきっと、いつものようにチグハグな会話が交わされるばかりで、こうして眼下をゆったり流れる雲海をぼうっと目で追ったり、遠くの街並みを眺めて目を細めてみたり、景色を堪能するなんてことはできなかったでしょうから。
（だから……どうして思い出すの）
　さて。どうしてでしょうか？
　休憩もそこそこ、思い出を振り払うかのように、莉鳥は再び歩き始めました。