富士山登ろう！　夏の林間学校！｜リアクション

富士山登ろう！　夏の林間学校！

【富士山登ろう！（４）】

　六合目を出発してしばし。
　このあたりからは緑も乏しくなり、むき出しのごつごつとした岩肌が目に付き始めます。いよいよ、富士山の本当の姿が現れるのです。
「はあ、はあ……ふう、ふう」
　これが初の富士登山とはいえ、体力には自信アリ！　帽子に登山靴も身に着けて気合十分、勇んで登り始めた宮祀智瑜でしたけれど。
　最初は足取りも軽快だったものの、ここへきて徐々に疲れが見え始めてきました。
「宮祀、大丈夫か？　無理はしなくていいぞ」
　お隣を歩く桐島義弘先生の口ぶりが、いつもより三割り増しで優しく聞こえます。
　彼は装備も万全、自分だけならどんどん進んでいってしまえるはず。にも関わらず、先生はペースの落ち始めた智瑜を気づかってか、こちらに歩調を合わせてくれているのです。
「まだ、大丈夫、です！　ご来光、見たいですから……」
「そうか？　ならいいんだが」
　先生の足を引っ張るわけには行きません。
　というより、先生と離れたくない、いっしょに登っていきたい！　というのが本音だったりしますけれど。
「あの、義弘先生？」
「ん？　なんだ、宮祀」
「私のこと……置いて行かないでくださいね？」
　早鐘を打つ胸、上気した頬の赤み。しっとりとかいた汗に、潤んだ瞳。
　見上げた智瑜のそんな不意打ちには、クールな義弘先生も、
「わ、分かっている。心配するな、生徒を見捨てたりはしないぞ」
　ちょっぴりしどろもどろ、でありました。

　体力のない人にとってはもちろん、山登りの大変さは想像するまでもありません。
　ましてや、ここは富士山です。運動やスポーツには縁遠い、佐和崎紗月が直面するであろう苦難の道は、最初から見えていたはずなのです。
　けれど、
「ううん、大丈夫！　理緒ちゃんと一緒なら、エベレストだって余裕で登れるよ」
　紗月はあくまで、譲りません。
「もう。紗月ったら」
　困った恋人だわ、と初瀬川理緒も苦笑いしてしまいます。
　初めは紗月を気づかい、理緒は富士山周辺でのんびり観光することを勧めたのです。けれど彼女は、理緒の本心をきっちり読み取り、こうして律儀にも富士登山に付き合ってくれています。
　理緒ちゃん、富士山登りたいんでしょ？　だなんて。思わず目頭が熱くなってしまったのを覚えています。
「いい？　紗月。言っとくけど、あたしひとりで登ったって意味ないんだからね」
「うん。分かってる」
「こーなったらもう、引っ張ってでも山頂に連れていくんだから！」
「ふふっ。理緒ちゃん、頼もしい」
　きゅう、と繋いだ手に、お互いの心がこもります。
　ふたりでひとつ。理緒だけが山頂にたどりついても、紗月だけで観光地を堪能しても、意味が無いのです。
　そろって山頂にたどりつかなければ、意味が無いのです。
　本当を言えば、紗月の足取りは重たくなり始めています。理緒の足手まといにはなるまいと、口には出さないだけ。
　けれど理緒も、そんなことはきっとお見通しです。
　それでも。どうしても。ふたりで、いっしょに！
「……理緒ちゃん」
「うん？　なに、紗月？」
「ありがとう」
　返事はなくて、よりいっそう、手のひらにきゅうっと力が込められたのみ。
　それだけで、赤茶けた土の坂道を歩むふたりの歩調は、軽くなったような気がしました。
　六合目から七合目までの道のりは、約一時間程度。このペースなら、もう少しかかるでしょう。
　ゆっくりゆっくり、登ります。