たどりつけ、魅惑の山頂グルメ！｜リアクション

たどりつけ、魅惑の山頂グルメ！

　羽生碧南はピン、ときた。

「――うどんが、私を呼んでいる……！」

　今日はバスケ部の練習は珍しく休みで、時間に余裕がある。
　余暇にはしょうもない考えが頭をよぎっていくものだが、今日の羽生の胸に去来したのはうどんだった。
　部活がないせいでエネルギーはしっかりと余っていた。登山の支度を整えて、思い立ったが吉日、いても立ってもいられぬ思いに任せてぱっと飛び出す。

　普段からたゆまず基礎練習を積んできた羽生の体は、情熱にしっかりと呼応した。さっさと山を登ってゆけば、風が心地よい。
　順調に中腹までやってきたところで、見覚えのある姿に出会った。
「オーウ！　羽生サーン！」
　片言の日本語で話しかけてくるのは、同じ二年生のメル・ミラーだ。
「あなたもうどんを食べに？」
「Yes！　旅は道連れ昼はうどん、いざ共に参りまショー！」
　親しみやすい懐っこさで語られれば、断る理由もない。
「一人より二人のほうが楽しいもんね」
　そうと決まれば、二人で山を行く。
「羽生サンは体育科デスよネ？」
「そうだよー。メルちゃんは普通科だっけ」
「ハイ！　授業、体育科楽しいデスカ？」
「普通科に比べれば運動が多いかな？」
「オォ、じゃあ登山も　オテノモノ　デスネ！」
「お手の物……」
「アワテモノ　ワスレモノ　オテノモノと言ウ、キキます」
「面白い言葉覚えてるんだねー」
「日本語ではナイのデスカ？」
「えっと、日本語なんだけど……」
　そんな話をする二人の前に、一人の少女がぽつんと立っていた。
　周りに保護者はいない。
「どうしたの？　お母さんたちとはぐれちゃった？」
　少女は答えない。代わりに大きな声で泣き続ける。
「いっしょに山頂までいこうか。そしたらお母さんたちもいるよ」
　二人とも、まさか、それが１年の担任である白沢絢子先生だとは気が付かない。
　べそをかく少女の手を引きながら、山道を行く。
　途中で少女の汗をメルがぬぐった。
「羽生サンも、お水ドウゾ」
「え、いいの？」
「コンナコトモアロウカト！　旅は道連れ勝負は準備、デス」
「日本語ちょっと不思議だよね」
「間違えましタ？」
「ううん、正しいんだけど。お水ありがとう」
「ハハハ、礼には及ばんでゴザル」
「やっぱちょっと不思議なんだよなぁ」

　少女の手を引き歩くうち、山頂のうどん屋が見えてくる。
　だがやはり、少女の家族は見当たらない。
「おっかしいな……」
　首を傾げる二人に構わず、少女は自分で店の中へ入り、ちゃっかりとメニューを開いていた。
「意外とソロガールとか？　美食を目指す志ハ老いも若きも同じナノカモデース」
「そう……かな？」
　気にしても仕方ない。
　さっそくざるうどんに野菜かき揚げを注文した。すぐに注文通りのものが出てくる。
「美味しい……！」
　一口運んで満足した。無心ですする。
　気がつくともう丼の底が見えていた。
「えっと……」
　これでは物足りない。
「すみません。かけうどんを。それに、半熟卵天ぷらとコロッケを乗っけてください」
「すごい食欲デスネ！？」
「え、そうかな」
　ものの五分とせず、ぺろりと完食してしまう。

「ふぅ……」
「美味しかったデスネー」
「うん、大満足……またチャンスがあったら来たいな」
「ハイ、私もまた来たいデスネー、次は羽生サンが食べてておいしそうだったアレを……」
「言えば分けてあげたのにー」
「ムム、これはカタジケナシ……」
「日本語不思議だよねぇ」
　顔を見合わせて笑う。
　遠くでセミが鳴いていた。