夜闇にあかく、ほおずき市｜リアクション

夜闇にあかく、ほおずき市

　泣き崩れたトモコは、もう普通のひとと何も変わるところはなかった。
　八神修と七夜あおいは、静かにトモコに話し掛ける。
「えっと……私は、自分に正直で、自然でいようとしたら、好きになってくれる人がいたの……。
　だから、トモコさんも来世では、自分の事を自然に出せたら、そんなひとがきっと現れると思うから」
「ああ。それだけじゃないが、俺もあおいのそんなところに惹かれた。ただ自然でいるだけでいい。無理も背伸びもしなくても、それが素敵な恋愛に繋がると思う」
　二人がトモコの心に寄り添うように言葉を掛ける。それは懇切かつ丁寧すぎるほど丁寧に。

　──そして、トモコは笑った。
『なんだ、二人ともお似合いじゃない……
　ずるい、ずるいわ……。
　私も来世は、そんな素敵な恋愛をするんだから……』
　そう告げて、トモコは消えた。
　代わりに、そっとあおいの持っていた竹ひごのほおずきがほんのり光り始める。

「笑って、くれたね……」
「ああ、良かった……
　店にトモコさんを届けに行こう、あおいには代わりに何かプレゼント──」
「ええっ！　いいよ、申し訳ないもん！」

　そんな二人の中で、ふとトモコの『お似合いじゃない』という言葉が、魔法のように同時によぎって。
　二人は、それを思い出すように顔を見合わせて、お互いの頬をそっと染めたのだった──

　あおいの持つ縮緬のほおずきに収められた、トモコの全てに満足した微笑みを、後からトモコを追い掛けてきた、オルカ・ヴィヴァルディと獅子目悠月は、遠くながらも確かに確認した。
　トモコは錯乱にも似た誤解から、心から無事に解放されたことが伝わって来る、それはとても胸に響く微笑みだった。

「………………」
　悠月まで、心が穏やかになる。同時に、それを思い、先にオルカに髪を梳かれている時の彼女に少しでも嫉妬した自分を悠月は無言で恥じた。少なくとも、あんなにもすっきりとした笑顔を浮かべる相手へ向けるべき感情ではなかった。

「悠月、そんな顔して～。
　いなくなって寂しくなっちゃった？　それともさっきのに嫉妬し──痛い！　痛いよ悠月～っ」
　オルカの言葉は全てが図星そのもの。見透かされていたのにも、分かっていてやった事にもほんの僅かに腹が立つ。
　そんな相手の言葉を遮って悠月は『そんなわけがあるか』と相手の脇腹を軽く殴った。

　大げさに痛がるオルカを無視して、悠月は夜店から少し離れて暗くて澄んだ空を仰いだ。
　振り返れば『理不尽かつ、想像理解の範囲を超えている幽霊』を相手にしては、日常、現実以上の自賛はしない悠月であっても、今回、自分は良くやったのではないかと思った──少なくとも、恐怖で動けないまま終わるという情けない事態は避けられた。

「Mi dispiace.」
　そんな、一人今日を振り返る悠月の姿を見たオルカが、そっと相手の腰を抱き寄せた。
「何を──」
「今になって腰が抜けちゃいそうだからこうさせて」
『怖かったから』──無言の言葉と共に、悠月の首筋に顔を埋めて。
　悠月は少しの思考の逡巡の後、仕方なさそうに口にした。
「まあ……少しくらい許してやる」

　しかし、そんなニュアンスを含めたオルカの言葉は全部、嘘。
（全然怖くなかったけどこれくらいはいいよね）

　むしろ、そんな嘘と気付かずに許してくれた悠月も、きっと内心では相応に怖かったということだろう。
　それならば、側に抱き寄せて悠月に近づいていられる時間は、もう少し長くてもいいかも知れない──愛し人を相手にそのような事を思いながら。オルカはほんの少しだけ、深い青玉の瞳を閉じた。