夜闇にあかく、ほおずき市｜リアクション

夜闇にあかく、ほおずき市

「お、さっきは騒ぎが聞こえたけれども、大丈夫だったかい。お兄さん」
　それからしばらく、夜店通りで幽霊を探していた鴻上彰尋に、先の縮緬細工を渡した狐面の店主が声を掛けてきた。
「あ、はい。驚きましたが何とか──あおいさん！」
「あ、彰尋くん」
　縮緬細工の屋台には、狐面の店主の他に七夜あおいの姿があった。
　聞けば、あおいも幽霊について一騒動があった後。
　後は帰るだけとなって、一人でふと鳥居を振り返った際──ふわりと、まるで誘われるように祭りの空気が頬を撫でて。
　そして気が付けば、それに誘われるようにあおいはこの屋台前まで来ていたのだという。

「このお嬢さん達も手伝ってくれて、ほおずきから逃げ出した幽霊が全員収まってくれたんだ」
「うん、女の人の幽霊だったんだけど、説得したら最後は笑ってくれたの。ちょっとほっとしちゃった」
「幽霊全部……良かった……
　あおいさん、怪我は──！？」
「うん。大丈夫だよ、ありがとう」
　彰尋の問いに、あおいが嬉しそうに微笑んだ。その表情に幽霊の末が幸福であったであろう事が窺えて。
　彰尋は、あおいの無事と合わせて小さく胸をなで下ろした。

「あおいさんは何を？」
「うん、気が付いたらここにいてね。
　せっかくだから一人でも少しだけお祭り見て回ろうと思ったんだけれども……女の人の幽霊を何とかしなくちゃって思ってた分、後から一気につかれちゃったみたいで……ここで少しお休みさせてもらってたの」
「大丈夫？」
　事情を知って彰尋が優しく声を掛ければ、あおいも「大丈夫」と柔らかに笑い返した。しかし、そこに普段見る元気はない。
「──」
　彰尋の心に思わず不安の影が差す。
　時計を見れば、夜もかなり更けてきた。今の時間に動くのがつらければ、これから先の帰りはもっと困難だろう。
「帰り、家まで送っていこうか」
「えっ！　いいよ！　本当に少し疲れちゃっただけだから」
　
　慌てて椅子から立ち上がろうとするあおいの姿。ふと彰尋の脳裏に、昼間からずっと探して渡そうと思っていたブレスレットがかすめた。
　ずっとこれを渡したくて、彰尋はあおいを探し続けて来た。
　しかし……今、夏であっても天上の雲によって翳る向日葵のような佇まいの彼女には、もっと必要なものがあるはずだ。
　これは今渡すべき時ではない……それは真夏の日と燦々とした光に向き合い、元気と健気さを一緒にして笑う時の彼女にこそ必要なものだから。

「──送らせてほしいんだ」
　彰尋は、その心からの想いと共に。あおいの瞳を見つめてそれを伝えた。

　今は、いつも彰尋が思ってきていた──彼女が頼ってくるのを待つべき時ではない。
　今は、なさけなくも、自分を頼ることのない彼女の手を直に取ることが叶わなくても、
　──せめてこの瞬間は、自分から彼女の傍にいる時だと。

「……ありがとう。
　それじゃあ、もう少しだけ休んでもいいかな」
「うん、もちろん」

　あおいが笑った。
　その笑顔は、いつも彰尋が見てきたものとはやはり遠く。
　しかしそれは、今までの彰尋に見せたことのない、新しい彼女の表情だった──

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