夜闇にあかく、ほおずき市｜リアクション

夜闇にあかく、ほおずき市

「幽霊、か……」
　話を聞いた八神修と七夜あおいの二人は、竹ひごのほおずきを手にして、祭りの中でも少し薄暗い中を歩いていた。
　ほおずきから出てしまった幽霊は、話に聞くにどうやら温和では済まないものばかりのようで、あおいの表情が少し硬くなっていた。
「大丈夫だ、心配ない。
　何があっても守──」

『何よぉっ、多少可愛い外見しているからってぇえ！！』

「えっ！？」
「誰だ──！？」
　あおいの背後に見えた燐光。修はそれに慌てて、あおいの腕を自分の方へと引き寄せる。
『そんなふうに庇われて！　そんなふうに私もイチャつきたかったのに！
　そんなことをしてくれる男を、あんたみたいな女が奪うからァーーーっ！！』
「何か話がややこしくなっていないか！？」
　──話は縮緬細工屋の屋台主から聞いていた。カップルを憎んでいる幽霊がいることも。
　だが、その幽霊のトモコさん。オルカ・ヴィヴァルディと獅子目悠月の活躍をもって、男自体の情念は浄化。こうして見事、女性だけへの憎しみが残ってしまったのである。

「あおいだけが狙われているのか！　一旦逃げるぞ！」
「う、うんっ！！」
『そこなイケメンボォイ……！　たぶらかされてないでその女を渡すのよぉっ！』
　修があおいの手を取り走り出す。一気に人気の無い方へと向かいながら、追い掛けてくる幽霊のトモコに説得を開始した。
「落ち着いて欲しい！
　まずは誤解を解きたい、俺達は、
【カップルじゃない】！！」

　……告白して、心は近づいたような気がするのに、方便とはいえ自分からその否定をしなければならないこの現状。
【修は、心に9998のダメージを受けた！】

（大丈夫だ、俺はまだ耐えられる……！）
「そ、そうだよ！　修君は本当に大切な友だちだけれども、
『カップルじゃない』よ！！」

【あおいの一言！
　修は、心に99999のダメージを受けた！】

（心が……折れ……
　いや、例え折れても、あおいだけは守って見せる──！！）
　修は、いっそ地獄へ連れて行ってもらった方が楽だった苦行のやり取りの末……追い掛けてくるトモコの叫びから『恋愛経験が無いまま享年を迎えた無念』を理解した。
　それが転じて、今の形となっていることも。

　修の胸がしくりと痛んだ。
　それは、あおいと出会わなかったら自分もそうであったかも知れない影と、ほんの僅かに重なった。

「……あおい、あの人を救いたい。付き合ってもらえないか」
「え、う、うん！　いいけど、どうしたらいいのかな……！？」
「……落ち着いてもらいたい。
　立ち止まろう。大丈夫だ、絶対に危ない目には遭わせない」
　あおいに告げる決意の言葉。それを感じ取ったあおいと修は、ゆっくりと振り返りながら入り口の鳥居から目に届く雑木林に立ち止まる。
　足が止まった瞬間、トモコは躊躇いなくポルターガイスト現象で周囲の枝を浮き上がらせ、あおいへと一斉に差し向けた。
「──ッ！」
　飛来する大小を問わない枝を全て、身代わりに修がその身に受けた。
『それならぁ！！』
　トモコが修の肩越しにあおいを強く睨み付ける。
「え……っ、くっ……！」
「あおい！」
　あおいの首が絞められようとしている、その様子からそのトモコの視線に引き金があると認識した修が、躊躇いなくその間に割り入った。
『なん、で……』
　トモコには既に男性を襲う理由がない。修が割り込んだ瞬間に、そちらに移りかけた苦しさも霧散した。
　ただひたすらに、反撃はせずにあおいを守り続ける修のスタイル。それを見たトモコは、ついにその場で座り込んで泣き叫んだ。

『どうして……どうして、そんなにあんたは男の人に守ってもらえるのよぉっ！！』