夜闇にあかく、ほおずき市｜リアクション

夜闇にあかく、ほおずき市

『私、一生懸命頑張ったのよ……でも、誰も相手にしてくれなくて……』
「Oh mio dio!　日本の男は見る目がないね。
　君みたいな綺麗な女性を放っておくなんて」

　ぽたぽたと涙を流しながら事情を話し始めたトモコの左右に、寄り添うようにオルカと悠月が話を聞く。
『でも、私なんてどうせ不細工だもの……今なんて髪もぐちゃぐちゃで……』
「髪の手入れは自分でも行うから分かるが、この髪も生前ならば尚更綺麗なものだったんだろう？　幽霊に触れる今なら手ぐしで整える事も出来る」
　悠月がトモコの髪に手を伸ばそうとして、相手が幽霊であり、更には女性であることも交えて、一瞬触れるのを躊躇った素振りをふわりと隠すように。
「そうそう、こんな感じにね～」
　オルカはトモコの髪に手を伸ばして、そっとぐしゃぐしゃだった髪を整え始めた。

『え、え……っ、そんな……』
　最初は絡まりが酷かった髪が、オルカが柔らかく手を梳く都度に滑らかになっていく。
「……」
　オルカが髪を梳かす度に、確実にトモコは美しさの概念を取り戻していく……それをトモコとは別に、悠月はじっと凝視していた。
　正確にはトモコではなく、正確にはゆったりと髪を流れるオルカの指と、その満足げな表情に。
　見開いた悠月の目は徐々に鋭くなり、気が付けばその蟠る心を露わにするような半眼に──

「後は……と」
　最後にオルカが、トモコの前に降りていた髪を全て滝のような滑らかさで後ろに流せば、そこには麗しの美人と言っても差し支えない程の顔の造形が露わになった。

「che sorpresa!　鏡があるなら見せてあげたいくらいだよ～。もっと自分に自信をもたなくちゃ」
　そう告げたオルカが、気付かれていないだけで極めて厳しい表情をしていた悠月にウインクした。
　それに気付いて、悠月が慌てて我に返る。
「……！」
　先の様子が気付かれないように、軽く一呼吸置いて今度は悠月がトモコへ向かって微笑みかけた。

「──ああ、悪くない。もし自信が無くともそれは謙虚な証拠だ。謙虚は十分に美徳になり得る」

『あぁ……！！』
　トモコ、人生が終わって初めて味わった、両手に豪華絢爛すぎる華。
　そこから更に自分を、左右からオルカと悠月が歌の掛け合いのように褒め称えてくれる二人に、うっとりしながら頷いた。
『嬉しい、私なんかをこんなに褒め称えてもらえるだなんて……まるで私お姫様にでもなったみたい……！
　世の中の男が悪かった訳じゃなかった──』

　浮かんだ微笑みと共にしみじみと語り……しかしトモコは、そこではたと我に返ったように顔を上げた。

『こんな素敵な男性がこんなにもいるのに、どうして私は……
　はっ！　それは全てカップルとして、素敵な男を奪う女のせい！！』

「！？」
「……？！」
　この跳躍理論には、流石の二人も目を剥いた。
　当然ながら、オルカと悠月はそんな理論に到ってもらう為に頑張ってきた訳ではない。決してない。

『私、行かなくちゃ……！　恋する女に天誅をー！』
　そう叫んで、トモコはあっという間に一定方向へ走り出し、その先で姿を消してしまった。

「……come dire,そう来ちゃったか～」
「……。いや、呆れている場合じゃない！
　追い掛けるぞ！　このままだと更に被害が出る！」