芸術科：演劇の授業の場合｜リアクション

芸術科：演劇の授業の場合

「ああバルコニーは何組かいるのね。誰から行くの？」
「私たちします」

　小鳥遊と男子生徒が前へ出て、中央に二人が立つ。
　ジュリエットはロミオに背中を向けている。
　確認してから先生が手を叩いた。　

「いったい、ジュリエットに何の御用ですか？」
「そんな寂しいことを言わないでおくれよ、ジュリエット」
「誰ですか、あなた？　迷惑ですのでお帰り下さい」
「ロミオだよ、一緒に踊っただろう？」
「……ああ、思い出しました、モンタギュー家の方ですね」

　すがるロミオ。はねのけるジュリエット。
　ジュリエットは一見淡々と、けれどうっすらと苦悩を滲ませている。
　パン。一拍叩いた音が響く。
　驚く役者二人。
　ハンドカメラを片手に記録をしている八神までも驚きを隠せなかった。

「ちょっと待って小鳥遊ちゃん――アナタ、えっと尾鎌、ちゃんね。小鳥遊ちゃん。コノ子と演じてみて頂戴」

　わからないと焦る尾鎌をぴしゃりと黙らせ、手伝ってくれるんでしょ？　と凄む。
　観劇中、先生や他の生徒の手伝いに明け暮れたせいですっかり力関係が出来上がったのだろう。
　小鳥遊は不満そうな顔をしながらも、了解を伝え、相方の生徒は客席に戻る。
　尾鎌がそわそわとしながら小鳥遊に隣に立つ。

「よ、ヨロシクね」
「…‥こちらこそ」

　短く挨拶を済ませると、先生は何度目かの拍手をした。

「いったい、ジュリエットに何の御用ですか？」
「そ、そんな寂しいことを言わないでおくれよ、ジュリエット」

　尾鎌は演技未経験の忍び込んだ生徒だ。
　なんとかさきほどの生徒のセリフをオウム返しにしているが、今にも噛みそうなくらいしどろもどろと話している。

「誰ですか、あなた？　迷惑ですのでお帰り下さい」
「ロミオよ、一緒に踊っただろう？」

　普段の口調が混じったロミオを前にしても小鳥遊は自分のペースを保つ。
　ロミオに背を向け、淡々として、冷静で、けれど密かに悲痛な表情を浮かべるジュリエット。

「……ああ、モンタギュー家の方ですね。ジュリエットは家族に迷惑をかけぬ事が最善であると信じております。キャピュレット家とモンタギュー家は平行線だと判断できます……、平行線ですね」

　それからロミオに反論の隙を与えず、現状を嘆き悲しんだ。目を伏せる。

「結局の所、迷惑です。だからジュリエットは申し上げます。お帰り下さい」

　ロミオはどうして良いのかわからず、ただジュリエットを見つめる。

「あの、ジュリエット？　私は君のこと好きよ」

　完全に自分の口調で話す尾鎌。
　その言葉を聞いてジュリエットの動きが止まる。

「それが、一体どうかいたしましたか？」
「えっと、だから、君はどうなのかしらって」

　ジュリエットは震える手で口を抑えた。
　
「ジュリエットは……」

　尾鎌はジュリエットの肩に触れる。
　振り向いたジュリエットの瞳からは大粒の涙が零れた。
　震える声で、けれど感情を見せまいと平常を糊塗する。

「貴方様のことを迷惑だと思っております」

　パン。終演の合図。
　無言で頭を下げる小鳥遊。それに倣う尾鎌。　

「小鳥遊ちゃんは流石ね。役として文句の言い様がないわ」

　フジコ先生は口の端を上げた。
　現役の声優としての意地と実力を見せた小鳥遊は冷静に言葉を受け止める。

（バカ野郎。当然だ）
（武術と演技は全然違うわ……）

　重たく疲労がのしかかった尾鎌。その横には努力や苦労など全く周りに見せない、涼しげな横顔の小鳥遊。

「かっこ、いいかも……」

　恵御納は息を漏らし、無意識に手を叩く。
　それを皮切りに拍手喝采が場を包んだ。
　役者ってすごいのね。そのつぶやきは客席の喧騒にかき消される。
　おつかれさまとフジコ先生に肩を叩かれ、尾鎌は再び手伝いへと戻っていった。