芸術科：演劇の授業の場合｜リアクション

芸術科：演劇の授業の場合

　マジで演じる――演じると書いて戦うと読む――五分前。
　全面鏡張りの特別室、通称「稽古部屋」はまだ五月だというのにひどく暑かった。
　しかし誰一人無駄口は叩かない。
　富士山権蔵といラスボスと戦うための最終調整をしているのだから。
　その中一人周りの邪魔をしないようにと配慮しながら、八神修はカメラを部屋に配置していた。どうやら記録係のようだ。
　それに気がついた生徒たちはゴクリと唾を飲む。
　音海なぎさとシグレ・ナイトウォーカーもカメラの存在には気がついていたが、特に気に留めず、お互いの体を入念にほぐす。
　けれど皆の気持ちは同じ。
　
（失敗は、許されない）
　
　緊張なのか、体がこわばっている生徒がちらほらと。

（あらまぁ）

　竹叢杏太郎は小さく息を吐いてから上品な笑みを浮かべ、声かけをする。

「あんたら硬くなってどうするの。せっかくほぐしてるんだから」

　そのついでなのか近くで一人寂しくストレッチに勤しんでいた追分義一の背中をぐいぐいと押して、手伝う。

「まだまだ曲がる？　曲がるわよねぇ？　ふふふふふ……」
「おい、痛いじゃねぇか、やめ、」

　恍惚として背中を押す竹叢。
　
「うむ、ワシも気を引き締めていかんとな」

　生徒たちはフジコ先生を思い出し、よりいっそう集中する。
　登栄明璃寿も多分に漏れず闘志を燃やしている。
　ただし、追分は「あぎゃぎゃ」「いぎぎ」などとうめき声を上げ、それどころではなかったが。
　
「あら、君も少し変な力が入ってるわね」

　堂々と扉から入り堂々と授業前のストレッチに加わっている普通科の尾鎌蛇那伊。

（自慢のゴッドハンドのマッサージ！　全力でしてあげるわ）

　彼は竹叢と違い、優しく丁寧なペアストレッチをこなしているが、
　なんというか……見た目と中身がフジコ先生系列なのだ。

（今回は全学年参加できるらしいじゃない、せっかくなんだからお手伝いするわ）

　上機嫌にマッサージをして回る尾鎌。
　どちらにせよ芸術科の授業であることは気にしない。
　そんなこんなで、授業前だというのに生徒たちの精神は摩耗していくのであった。

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