芸術科：演劇の授業の場合｜リアクション

芸術科：演劇の授業の場合

「一番最初は誰かしら」

　フジコ先生は舞台に見立てた広々とした教室の片側に直立し、客席に見立てた教室の反対側にいる生徒たちを眺める。
　弘明寺能美子はため息をついた。

（面倒なことしてくれたわね）
「そこっ！」

　キッとフジコ先生が睨みつける。

（あ、やばい）

　怒られる！
　弘明寺は身構えた。

「準備ができたみたいです」
「先生忍び込む前のシーン、準備できました」

　ギリギリのところで大山田と大久保仙太郎が助け舟を出した。
　弘明寺は小さく会釈する。

（二人共、ありがとう）　
（気がついて、ない？）

　大山田は一緒に演じるパートナーに気がつかれず小さくショックを受けている。
　大久保は返事もそこそこに、今は静かに第一演者として気持ちを作ることに集中した。
　左手で礼服を抱える。
　フジコ先生も授業に集中することを優先し、客席側の真ん中に置かれた椅子に座った。
　大久保は客席から向かって右手――上手側に立つと、先生を見た。

　パン。

　一拍叩く。
　これが演技へ入る合図だ。
　大久保は礼服を抱えた左手で胸を抑え、覚束無い足取りで一歩、また一歩と舞台中央に向かう。
　ああ、ああ、と今にも嘆き声が聞こえてきそうな……苦しげな背中を見せる。

「ああ、ロザライン！　君の事を考えると僕は夜も眠れないよ！」

　舞台中央。
　右手の平を天井に――月に向かって突き上げ、縋り付くように声を荒げる。
　その手をパタリと下ろすと、今度は正面にゆっくりと顔を向けた。

「……とは言え、この想いを伝える勇気もない。本当に夜も眠れなくて寝不足さ。僕の顔をごらんよ、見えるかいこのクマ！」

　目の下を人差し指で指し、上半身をぐっと乗り出す。
　客席中にほら、ほら、と示してから体を戻し、　

「ああっ良い男が台無しじゃないかっ」

　両手で顔を覆って、くねくねと首を左右に振った。

「気晴らしにとキャピュレットが開いた舞踏会に来てみたけれど、こんな事くらいじゃこの胸の苦しみは……」

　わざとらしくため息混ぜ、フジコ先生をじっと見つめる。
　恋の苦悩と期待の入り混じった絶妙な表情で、静かに舞踏会会場を見据えていた。
　パン。
　再び一拍。
　大久保はありがとうございましたと頭を下げる。
　客席からは拍手が聞こえてきた。
　小鳥遊雛姫も手を叩いている。

（悔しいけど、良かった）

　拍手の波が収まる。
　大久保はフジコ先生が口を開くのを待っていた。

「次は誰？」

　口を開いた。しかし、彼への言葉ではない。

「あ、あたしです」

　恐る恐る――大久保に申し訳なさそうに姫神が手を挙げる。

「ちょっといいかしら」

　フジコ先生は姫神を呼び、なにかを伝える。
　姫神は元気よく「わかりました」と返事をして舞台側に向かった。
　大久保は呆然としながらも、客席に戻ろうと歩き出した。

（こうやって誰かに見て貰えるだけでも勉強になるし、ありがたい……よな）

　そう思いつつも肩を落とす大久保。何か一言でも欲しかったな。

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