メリーさんの素敵な世界、なの｜リアクション

メリーさんの素敵な世界、なの

　シーサイドタウンに用事で訪れた深林真瞭は喉の渇きを覚えた。目に涼しい水色の建物を見つけると喜び勇んで入っていった。
　一瞬で視界が白くなる。雪が斜めに降ってきて青いマキシドレスを白に変えた。
「遭難しそうね」
　冷静な一言で歩き出す。開いている目に雪が飛び込んできた。手で払い除けるのも面倒と瞼を閉じた。
　吹雪の中を黙々と進む。
「明るい？」
　目を開けると青い海が広がっていた。踏み締める雪は白い砂となった。
「夏の日差しなのに」
　海に浮かぶ氷山にはペンギンが直立の姿勢で何羽も立っていた。
　腑に落ちない顔で真瞭は後ろを振り返る。数歩先は雪が吹き荒れていた。空間が切り分けられているように思えた。
　身震いをして海に向き直る。
「綺麗な海ね」
　名残惜しそうな顔で横を向いた。海に沿って砂浜を歩いてゆく。
　揺らぐ大気の中、建物が見えてきた。自然に足が速くなる。側面に突き当たって正面へと回り込んだ。
「……海の家」
　建物を前にして呟いた。思い立ったように踏み出し、ドアを開けた。
　客はいなかった。そっと入って見回すと店員の姿もない。開店前のような状態であった。
「すみません。誰かいませんか」
「いるの」
　おかっぱ頭の少女が見上げる格好でいた。エプロンドレス姿が店員を思わせる。
「ここはお店よね？」
「メリーさんの家なの。なんでも承っているの」
「そうなのね。水着の貸し出しがあったら嬉しいわ。お父さんを呼んできてくれる？」
「ノアなら、そこにいるの」
　少女が指差した方向にノアが一礼した姿で控えていた。傍らにはキャスター付きのハンガーラックがあった。ワンピースやビキニが多く吊るされていた。
「試着室はこちらになります」
「あ、はい」
　あまりの手際の良さに真瞭の反応が遅れた。連れて行かれた先のドアはテーブル席やカウンターからは見えない位置にあった。
　ノアは自らの手でドアを開けた。壁の一面に姿見が設置されていた。脱いだ衣類を収める目的なのか。小ぶりの棚が目に付いた。奥にはドアが見える。
「海へは奥のドアから直接、行くことができます。是非、ご利用ください」
「ありがとう。助かるわ」
　真瞭はハンガーラックから白地にタイダイ染めの三角ビキニを選び出す。鮮やかな模様が南国の花を思わせた。
　試着室のドアを施錠して着替える。姿見に映る自身の姿を見て目を見張った。
　――オーダーメイドみたいにぴったりね。
　驚きの連続で慣れてきた。表情には余裕があり、微かな笑みを浮かべていた。
　真瞭はドアを開けて外に出た。砂浜を素足で走って海へと向かう。思い切って波に突っ込んでいった。
「冷たくないわ」
　深いところを目指して腰まで浸かる。軽く蹴って頭から飛び込んだ。伸びやかなクロールを披露した。カワウソが縫うようにして並んで泳ぐ。
　息継ぎの時に目が合った。逃げることなく、身を寄せてきた。
　真瞭は大きく息を吸ってから潜る。カワウソは無邪気に付いてきた。
　真瞭は緩やかな弧を描く。海中で立位となって下方を見詰める。
　色鮮やかな珊瑚礁に熱帯魚の群が行き交う。天然の色の祭典に目を細めた。
　存分に堪能してゆっくりと浮上する。近くの氷山で寝そべっていたアザラシがするりと海中に沈んだ。
「遊んで欲しいの？」
　真瞭は遅れて潜った。アザラシは待っていたかのように近づいてきた。背中を撫でると丸い目を細めた。二度三度と続けている内に顔を振り出した。自身の背中を見るような行動だった。
　困ったような笑みで真瞭はアザラシの背中に抱き付いた。正解とばかりに泳ぎ出す。
　――海の中だと速いのね。
　ペンギンが競るように並んだ。何羽も集まって海中を賑わせた。

　真瞭は一人、海面に浮かんでいた。柔和な顔で雄大な積乱雲を眺めている。
「あなた達のおかげね……」
　ゆっくりと瞼を閉じて、気ままな波に身を委ねた。