メリーさんの素敵な世界、なの｜リアクション

メリーさんの素敵な世界、なの

　制服姿の水上桜が正門を抜ける。左手に曲がって道なりに歩いた。
　桜花寮が見えてきた。桜は髪に手を当てた。
　――水泳部の練習で濡れていた髪が、もう乾いているわ。これならアクセサリーショップに行ってもヘンに思われないよね。
　桜は右手の横断歩道を渡った。脇道に入って足を速める。人で賑わうキャットロードの中程に出た。
　――行くのに苦労しそうね。
　人の流れに逆らうようにして歩く。直進は難しく、端に寄って集団を遣り過ごす。
　――反復横跳びをしている気分になるわ。
　進みながら前髪を掻き上げると少し濡れていた。
「……乾いていたのに」
　不機嫌な顔で呟く。
　前方から一団がやってきた。先頭には観光ガイドのような人物がいて後続の人々に説明を始める。
　桜は端に寄った。ぞろぞろと歩く人々を見て溜息を吐いた。諦め顔で間近の店舗に目をやる。
　――喫茶店みたいね。
　足に迷いは無かった。

　白銀世界に放り込まれた。涼しいという感覚を越えた猛吹雪に、なんでよ、と怒鳴った。その直後、身震いをして両手を擦り合わせた。このまま突っ立っている訳にもいかず、桜は一方に決めて動き出す。
「……こんなのばかり……どうなっているのよ。フツウはどこにいったのよ……」
　ぶつぶつと文句を言いながら歩いた。夏らしい陽光に照らされ、砂浜を中程まで歩いてようやく環境の変化に気が付いた。
「夏に戻った？」
　日差しは強く、煌めく海は夏を存分に伝えてきた。
「……ペンギンがいるんだけど」
　海に浮かぶ氷山に訝しげな目を向ける。平たい部分をペンギンが左右に揺れながら行進していた。
　――部活のあとで水着はあるし、少し泳いでもいいよね。
　周囲に鋭い目を飛ばし、急いで木々が密集するところに駆け込んだ。背中のリュックを下ろし、中からしんなりした競泳水着を取り出して素早く着替える。
「プライベートビーチみたい」
　桜はきめ細かい砂浜に足跡を残す。感触を楽しむように歩いて波に素足を入れた。
「冷たくないわ」
　歩を速めた。胸元まで浸かって、とんと地を蹴った。のんびりとした平泳ぎで近くの氷山に近づいていく。ペンギン達が一斉に桜の方に振り向いた。
「なんか可愛い」
　海中を泳いでいたペンギンが新たに群へと加わった。頭を左右に振り始める。近くにいたペンギンにも波及した。愛らしい駄々っ子のようだった。
　観賞を終えた桜は泳ぐことに集中した。切れのあるクロールを見せる。途中で趣向を変えて海底を目指した。
　眼下に鮮やかな珊瑚礁が広がった。波打つように泳ぐ小魚の群れに目を見張る。通り掛かったウミガメは飛行船のように海中を静かに突き進む。桜は隣に付いて泳いだ。はしゃぐカワウソ達に囲まれて時を過ごした。

　太陽が大きく傾く。空は緋色に焼け落ちて一部には星が瞬いていた。
　制服姿となった桜は歩き出す。ロッジ風の建物の中に入っていった。
　落ち着いた雰囲気に和んだのも束の間、おかっぱの少女の出現に表情を強張らせた。案内されたカウンター席に着いた。
「これがメニューなの」
「メリーさんスペシャルとフレッシュジュースで」
「腹持ちがいいのはラーメンなの」
　少女は黒い瞳を潤ませる。ほんのりと赤い唇を愛らしく窄めた。
「ドラゴンの名が不吉だからパスするわ」
「わかったの」
　少女はくるりと背を向けた。桜は窓外の景色を眺める。横手から舌打ちする音が聞こえてきた。
　振り向くと少女の姿はなかった。
　――パスが正解のようね。危なかったわ。
　少しの笑みが漏れた。
「お待たせなの」
「待つ時間もなかったんだけど」
　少女はカウンターに注文の品を置いた。硝子の大皿にはカラフルな丸いアイスが積み上げられて三角の物体となっていた。一目で量の多さを実感できた。
「凄い量なんだけど。この色の違いは？」
「白はバニラと大根なの。赤はニンジンと唐辛子なの。黒はイカスミと黒豆なの。他は食べてみればわかるの」
　役目を果たしたという風に少女は忽然と消えた。
　桜は大皿のアイスを眺めた。赤い物がちらほらと混ざっている。
「辛いアイスなら平気よね？」
　無難な白から食べ始めた。表情が和らぐ。黒は微妙な顔となり、赤で咳き込んだ。
「……辛いじゃない」
　フレッシュジュースで味を押し流す。直後に渋い表情となった。
「……微妙に苦い」
「身体にいいゴーヤが入っているの」
　突然に現れた少女が耳元で告げた。
「その配慮はいらなかったわ」
　桜は言いながらも口を動かした。最後は白いバニラで締め括った。
「……とても個性的すぎるお味で……」
　手を合わせると長い息を吐いた。

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