喜雨に濡れ｜リアクション

喜雨に濡れ

【雨に踊る。】

　今日も元気だ、ド変態！　でおなじみ（？）、アケーチ・タッマーキ氏。本日は雨ニモ負ケズ、寝子ヶ浜海浜公園にてスケッチをしておりました。
「おや」
　ふと。軽やかにスケッチブックへ筆を走らせていた手を止め、彼はふふりと微笑みます。
「空模様とは移ろいやすいものですね。それもまた愛しいのですが……ふ、ふふ」
　にんまり、さあさあと雫を落とし始めた曇天を見上げます。
　雨濡れるのも、嫌いじゃあありません。描いた絵が濡れてしまうのは困りますけれど。
　スケッチブックをぱたん。雨宿りができそうなちょうどイイ軒下を探して、彼は歩き始めます。くるくるくるりん、時おり意味もなく回りながら。

　さあさあと、聞き心地も良く。垂れ幕のような半透明のカーテンだって、アケーチに開いてほしい、こっちへ来て来て！　と誘っているかのようです。ぽつりぽつぽつと肌を打つ感触、雨の日に鼻腔をそよぐ独特の匂いすらも素敵に思えて。
　アケーチは雨を、五感で楽しみます。
「ああ、全身に容赦なく降りそそぐ雨！　雨！　このまま踊り出したくなってしまう私がいます、ふふ」
　なんて言いながら、足はとっくにステップを踏み始めておりましたけれど。とはいえ、抱えたスケッチブックが雨粒を吸ってしまうのは避けたいところ……と、
「あらぁ？」
「おや！」
　公園の屋根付きベンチにたたずむ素敵なシルエットを、アケーチの瞳はとらえました。
「ごきげんよう、あっくん。奇遇ですわねぇ」
「ええ、嬉しい出会いですね、鸞さん。ふ、ふふ！」
　物憂げに天を仰いでいた四十九院鸞の表情が、アケーチを目に留めるなり、ぱあっと輝きます。どうやらご機嫌にお散歩中、急な雨に降られてしまい、ちょっぴりふさぎ込んでいたようです。
　憂鬱なお天気も、いっしょに過ごす誰かが在れば、そう悪いものでもありません。そのお相手がアケーチならば、もはや言うことナシ！
「お身体は濡れていませんか？　ハンカチをどうぞ」
「ありがとう。あっくんもお散歩中かしらぁ？」
「私は、絵を描いておりました。無心になってなにかを表現するのが大好きでして」
「そうなの。素敵ねぇ」
　感心して目を細めた鸞のほのかな笑みは、アケーチを惹き付けて止みません。思わず、口にします。
「いつか、鸞さんのお姿も描かせていただきたいですね。そのお美しさ、優美さ……そして可憐さ！　ぜひとも私に、作品として残させていただきたい……ふ、ふふ！」
「まあ、私を？　光栄ですわぁ」
　ふんわり。この雨だというのに、バックにバラでも背負っていそうな華やか笑顔には、アケーチもにっこりです。
　うっかりテンションアップしてしまったのかもしれません。ついついアケーチの足はたんたかたかたん、くるりんぱ！　踊り出してしまいました。
「ふふ、お上手ねえ」
「おっと、つい。鸞さんと雨の組み合わせに、少々高揚してしまいました」
「私もあっくんのおかげで、なんだか良い気分。ですわぁ」
　唐突に鸞はベンチから立ち上がり、長いスカートをついと持ち上げ優雅に一礼。アケーチに合わせてひらひらひらりん、ちょっとしたステップを披露してくれました。
「ああ。これは……」
　くるり、くるりん。たかたかたん。ぱかぱかひらり、くるくるりん。
「なんて、素晴らしい……！　ふ、ふふ！」
「うふふ。たまには雨も、悪くはないわねぇ♪」
　雨はさあさあ、ステップぱしゃり。ぱしゃぱしゃ、ぱちゃん。くるくるりん。
　ふたりの足は、止まりません。虹が出るまで、雨に踊ろう。踊り明かそう！
　雫たちのさんざめきを伴奏に、雨のダンスは飽くことなく続きました。