喜雨に濡れ｜リアクション

喜雨に濡れ

【雨に笑う。】

　雨。雨。
「つめてー！」
　重苦しく、服に染み入る雨。源竜世のツンツン髪を濡らしてはへたりと寝かせてしまう、冷たい雨。
「もー。雨ふるなんて聞いてねえぞ」
　知らない雨どいの下へと駆け込み、ぽつり、ぽたりと降り落ちる雨粒をなんとはなしに眺めながら、口からいくらか愚痴は漏れましたけれど。
「うー、全身ずぶぬれじゃん！　拭くもんもないし、どうすっかな～」
　竜世は口元に、かすかな微笑みを浮かべます。
　なぜでしょうか？　もうあの時のようにいたたまれない、みじめな気分に落っこちてしまうことはありませんでした。
「くふふ」
　思い出し笑い。くすりと吹き出してしまいます。
「あんときのあいつ。兄ちゃんみたいだったなー」
　くすくす、くすり。肩が揺れました。
「っ、くしゅん！」
　寂しくて。雨の中ただただ待ち続けて。待ちわびて。
　諦めて。
　誰も迎えになんて来るはずがない……そう思って冷たく打たれ濡れるままになっていたところへ、現れたあの顔。ずいぶんと驚いていました。呆れていたのかもしれません。
　竜世がついつい浮かべた笑みを、きっと彼は不思議に思ったことでしょう。
　だって……嬉しかったから。
「っと、いけね！　スターライトナイトもけっこう濡れちゃったなー」
　ポッケから取り出したカプセルギアの赤いボディも、服に染み込んだ雨に触れ、ちょっぴり濡れています。
　拭くものもないし、どうしよう？　と考えたところで、
「あ。そーだ！　人になれー、スターライトナイト！」
　ぼわん！
「うん。これでよし！」
「よくねえよ」
　でーん。瞬間、竜世のろっこんはカプセルギアを人の姿へと変化させていました。ちょっぴりガラの悪い、けれど面倒見の良いパンキッシュお兄さん。人間の時の名前は、士星ナイトです。
　ナイトは片眉をひん曲げて、濡れた髪をかき上げながらにぼやきます。
「あのな、マスター。俺はほのおのドラゴンだぞ。濡れるのは好きじゃねえ」
「えー？　そうか？　カンペキだと思ったのになー」
「ったく、しょうがねえな……」
　なんて言いつつも、ナイトは竜世の小さな身体を胸に抱き込みました。夏とはいえ、こんなにも濡れては身体も冷えるし、風邪を引いてしまうかもしれません。
「……へへ。なんだ、やっぱりカンペキじゃん！」
　肩をすくめたナイトの体温に、竜世は冷たさも忘れて、にへらと笑みをこぼしました。

　そのまま雨が上がるのを待っているのも、悪くはありませんけれど。そこは飽きっぽい竜世のこと。
「よし！　いくぞナイト！」
「ああ？　まだ結構降ってるぞ、マスター」
「オレは全然気にしねえ！　濡れてこうぜ！」
「マジかよ？」
　俺は気にするんだが……というナイトの言葉も、もはや竜世を止めることはできません。
「つーか、行くってどこにだよ？」
「へへっ。バトルしに行くに決まってるじゃん」
　竜世はやっぱり、笑います。ふひひ♪　含み笑いが漏れてしまいます。
　だって想像したら、笑ってしまうのです。濡れそぼったふたりが突然押しかけ、『バトルしようぜ！』なんて言いだしたら、彼はどんな顔をするでしょうか？
　きっと眉を吊り上げてぷりぷりと怒りながらも、なんだかんだで迎え入れてくれることでしょう。そう……あの雨の日のように。
「ほら、いいからいくぞーナイト！」
「やれやれ。ギアづかいが荒いマスターだぜ」
　隣には、大好きな相棒。にっ、と笑ったスターライトナイト。
　目的地は、親友の家。
　雨に降られたって、ずぶ濡れのぐっしょりだって、竜世のまわりにはワクワクが満ちているのです。楽しいことばっかりなのです。
　もう怖いものなんて、なんにもありません。
　ぴしゃりと鼻先へ落ちた雨粒の冷たさ、鮮烈さに、竜世は嬉しそうに目を細めました。

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