ブリリアントナイトメア～悪魔は残滓の狂乱を弄する～｜リアクション

ブリリアントナイトメア～悪魔は残滓の狂乱を弄する～

★夜空の下で悪魔は嗤う（４）

「声に惑わされる僕ではなかですよー！　……けど、やっぱり少しきついですね」
　翼獣の背の上、倉前七瀬は眉をへにょりとさせる。
　深手を負った悔恨鳥は、ウォルター・B先生の声音を以って、
『痛いよ、ねぇ、身体中が痛いんだ。助けて。お願い。僕の声、聞こえてるんでしょ？』
　という具合で、今にも泣き出しそうな調子でしきりに囀り、こちらの胸を搔き乱してくる。
　悔恨鳥の正体がウォルター先生の《正気》だと察しているからなお、痛切な訴えは耳と心に痛かった。
「……あれって、先生の本心からの言葉なんでしょうか？」
「わからないわ。でも、存在を捻じ曲げられているなら、それを正さないと」
　――救うために。守るために。
　モモに騎乗する仙藤紫の凛として確かな言葉に、七瀬は、こくと頷く。
「そう、ですね。もし先生を傷つけたなら、全部終わったあとで、たくさん謝ります」

「僕は、先生と一緒に帰るんです。絶対に」
　七瀬が言い、紫は、その頼もしい様子にふわりと微笑した。
「倉前君。この鳥を倒す作戦があるの。聞いてくれる？」

※

　ブブ・ベルゼのかんばせに、隠し切れない怒りの色が滲む。
　その様子とは対照的に、サキリ・デイジーカッターは涼やかに口の端を上げた。
「本当は僕も、あの鳥とも戦いたかったんだけどね。お前に逃げられないよう立ち回るのは、少し骨だったよ」
「微塵も堪えていない顔をして、よくも……」
「歯噛みをしてる場合かな？　ほら。あと２人、こっちへ来るみたいだ」
　ムクの背に乗り、呉井陽太は滑るようにして悪魔の元へと降り立った。
　そのあとに続いた恵御納夏朝は、目前の敵を、射殺さんばかりの眼差しで見据える。
「……クソッ、貴様らはオレの邪魔ばかりする！　聖獣の世界にケガレの種を蒔いた時だって……」
「……聖獣の世界？　ケガレ？」
　ベルゼの悪態を耳に留め、陽太は、口元に手を宛がった。
「ムク達の世界で起こったことかな……。この子達の世界を乱したのも、あなたなんですか？」
「……ええ、ええ、そうですよ。あれは極上の商品になるはずだったのに、全部台無しだ！」
　仕方ないので、あれは貴方がたの『センセイ』にあげてしまいました、と、ベルゼが可笑しげに笑う。
「ウォルター先生に……？」
　敵への怒りと憎しみから完全な冷徹を保っていた夏朝の声が、ごく僅かに強張った。
　身近な相手への残酷な所業が、夏朝の胸に新たな火を燃やした、その印だ。
　一つ息を吐き、陽太は言葉を続けた。
「この間のあなたの言葉も、引っかかっているんです」
　お三夜さまを狙ったベルゼは、神の力を欲しがる悪魔なんて星の数ほど居る、と言っていた。
　取引相手は最もいい条件を提示した客だ、という台詞も、陽太は確かに聞いている。
「もしかしてその取引相手って……『絶神』と関係がある悪魔なんじゃないかな？　って」
「だとしたら、どうだって言うんです？」
　嘲るような、ベルゼの返事。
（はぐらかされてるというより……心底どうでも良さそうに聞こえるのは、気のせいかな）
　と、陽太は内心に、己の考えを沈める。
「――さて、休憩時間はそろそろ終わりにしようか。僕もお前に聞きたいことはあるけど……」
　それはお前が果てる前にでも尋ねるとするよ、とサキリはいっそ朗らかに微笑んだ。
　その手の中で、ナイフが、白い歯を見せるようににたりと光る。