ブリリアントナイトメア～悪魔は残滓の狂乱を弄する～｜リアクション

ブリリアントナイトメア～悪魔は残滓の狂乱を弄する～

★夜空の下で悪魔は嗤う（５）

　ろっこんの瞬間移動を駆使し、二振りのナイフを自在に踊らせて。
　サキリ・デイジーカッターは、ブブ・ベルゼを気負いなく翻弄していた。
（仲間がいるというのは、頼もしいものだね。牽制に拘らず、自由に戦える）
　サキリの姿は、消えては現れ、現れたと思った瞬間には、刃を閃かせ、また消えている。
　中空に浮かぶシースの背も足場と数えれば、サキリの軌道は、まさに変幻自在だった。
　加えて、サキリが引くと同時、シースも攻勢に転じる。
　入れ替わり立ち代わり、即興のコンビは、悪魔の傷を増やし続けていっていた。
　しかして、傷だらけになり、その身を己の血で汚した悪魔は、
「っ、図に乗るな、人間風情が！！」
　ひび割れた声で叫ぶや、極彩色の小鳥の群れを、ぶわりと召喚した。
「おっと」
　急ぎシースにも合図を出して、ベルゼから充分な距離を取るサキリ。
（さっきの、恵御納の特攻を見ているからね）
　こちらの目を眩ました隙をつき、相手は、別の技を重ねて流れを変えようとするだろう。
　逃げられないように。いつでも攻撃を再開できるように。
　サキリが体勢を立て直すその脇を、
「！　恵御納！？」
　恵御納夏朝は、此度も一切の躊躇いなしに、極彩色の中へと突進していった。
（さっきの黒い嵐か、別の技が襲ってくるのはわかってる）
　それでも。
（必ずここで息の根を止めて、奴が原因の災禍を断つ。そのためなら、僕の痛みなんて知ったことか）
　果たしてベルゼは、サキリや夏朝の読み通りに動いた。
　目が眩む中に、黒く邪悪なオーラを、夏朝は見留め、
（あの位置は……恐らく、ブブ野郎の手！）
　と当たりを付けるや、その懐に飛び込み、猫柄のストールをベルゼの腕に絡めんとする。
　しかし。
「う、あ……！」
　幻術の操り手たる悪魔は、夏朝の動きを見切り、闇のオーラを纏わせた足でその身体を薙いだ。
　呼吸を忘れるほどの痛みに、ストールが地に落ちる。
　ぐらりとよろめくも、意志の力で何とか踏み止まった夏朝に、オーラを纏った手が迫り、
「っ！？」
　けれどその手は、すぐに、ベルゼ本人の喉元に当てられた。
「ギリギリセーフ、かな」
　と、小さく笑んだのは、夏朝とは別の方法で小鳥の群れを攻略した呉井陽太だ。
「あの小鳥は、ただの目眩ましだって、もうネタは割れてるからねぃ」
「貴様ッ……！」
「オレ自身がとび込むのは危険でも、オレの動物達は比較的安全に動けたよ」
　ベルゼの喉には、陽太のネクタイがぐるりと巻かれていた。
　陽太が投擲した粘土細工達が、小鳥の群れを掻い潜り、ベルゼが夏朝に気を取られている隙に動いたのだ。
「たぶん、夏朝ちゃんがしたいのはこういうことかなって」
　熊のカスミさんが、巻き付けたネクタイの端を夏朝の肩に運ぶ。
「……ありがとう」
　と受け取ったネクタイに、夏朝は素早くねこシールを貼った。
　重く、と念じれば、とっておきの枷の完成だ。
「……下手に動けば首の骨が折れる、という仕掛けですか」
「残念だけど、動かないんだね。だったら、」
　ぱっ、と、夏朝はネクタイから手を離した。
　そうして、ベルゼが驚きに瞳を一度瞬く間に、

「欠片も残さず……魂消ろ、ブブ野郎！」
　と、ろっこんで重たくした折り畳み傘を握り込み、ベルゼに向かって思い切り叩きつける。
　骨の砕ける鈍い音が、辺りに響いた。
　咄嗟に己を庇ったベルゼの両腕が、だらりと奇妙な方向に垂れる。
「～～～～～っ！」
「……顎の下を狙ったんだけど、上手く避けたね。激痛程度じゃ、生温いのに」
　冷ややかな声で、夏朝は零した。
（二度と、寝子島や他世界や……僕の大切な人達にも、）
　誰一人何一つにも、一切合財害を為せないようにけりを付ける、それが夏朝の決心だ。
　もう一度折り畳み傘を振り被った、その刹那。
　悪魔の双眸が、昏く、鈍く、光を帯びた。