ブリリアントナイトメア～悪魔は残滓の狂乱を弄する～｜リアクション

ブリリアントナイトメア～悪魔は残滓の狂乱を弄する～

★夜空の下で悪魔は嗤う（６）

「ほらほら、こっちですよー」
　悔恨鳥を翻弄するように、倉前七瀬を乗せた翼獣はその巨体の周りを飛び回る。
　その隙に、モモに指示を出して、仙藤紫は悔恨鳥の背後に回り込んだ。
「……行くわよ、モモ」
　小声で囁けば、モモは一つ頷き――悔恨鳥の首筋へと、鋭い牙を立てる。
『あ、ああああああ！！！』
　絶叫して、首をもたげる悔恨鳥。
　途端、白い光が爆発するみたいに弾け、
「……あ、」
　七瀬の肩に、光の中から飛び出した金色の小鳥が、そっと止まった。
　澄んだ青い目が、七瀬を真っ直ぐに見つめる。
「ウォルター先生、ですか？」
「ミッションクリア、ね。お疲れさま」
　七瀬のことを労って、紫は、他の仲間達の方へと顔を向けた。
「……あっちも、そろそろ片が付くといいのだけれど」

※

　突如襲い来る、極彩色の小鳥の群れ。
　幻術を相手にしないという恵御納夏朝の心の持ち方は確かだったが、
「っ！」
　鮮やかすぎる色彩をあまりにも間近にぶつけられれば、眩む視界に、瞬きの間だけ隙が生まれた。
　途端、ボロボロに打ち据えられた悪魔は、音もなく空へ舞い上がる。
「ムク！」
　呉井陽太の鋭い声の意を、ムクは瞬時に理解した。
　陽太を背に乗せて、ムクは、夜色の空に溶け消えんとするブブ・ベルゼをぐんと追う。
「っ、しつこい羽虫どもめ！　消え失せろ！！」
　ベルゼが起こす嵐の剣呑な黒い粒子が吹き付けるのを、陽太は、ムクの機動力を以って回避した。
「何と言われようが、このまま逃がすつもりはないよ」

「……何度もいいように掻き回されるのは御免だ」
　陽太の硬質な声に、「同感だね」と返事。
　シースに跨ったサキリ・デイジーカッターが風のように飛び、
「行くよ、シース」
　空中で相棒の身体を抱え、頭の中、手の内の金属の破片で空間を切り裂く。
　シースごと、ベルゼの頭上へと瞬間移動したサキリは、
「もういい加減、その逃げ癖はどうにかしろと言いたいね」
　と零すや、ドームで調達した金属の破片に、赤い輝きを宿らせ、ベルゼへと投げつけた。

「さあ、僕達の因縁に決着をつけよう」
　鋭くも脆い金属の破片は、その速度に負けて自然に砕けながら、ベルゼに迫る。
　急ぎ振り仰いだベルゼを襲う、散弾さながらの赤い欠片達。
　悪魔の身体中を、赤が貫いた。
「え……、」
　状況を理解できぬまま地に落ち行くベルゼの身体を、陽太が、ムクの背に受け止める。
「捕縛は……もう、必要なさそうかな」
　そのまま、ゆっくりと地面に降り立てば、
「……まだ、生きてるのか……」
　と、虫の息のベルゼを冷えた目で見て、夏朝が呟いた。
「まったく、生命力が強いね。お陰で僕は、最後に、聞きたかったことが聞けるけど」
　同じく陸へと戻ったサキリは夏朝の声にそう応じて、
「ベルゼ。結局、お前とクローネの関係はどんなものだったんだ？」
　と、悪魔に尋ねる。
　クローネは人間に転生し、偶に事件に巻き込まれることはあれどフツウに生活している。
（なのに、ベルゼは今日この日までブラックな商売を続けてきたときてる）
　悪魔には悪魔の事情があるのだろうとは思いながらも、サキリにはベルゼの行動が不思議だった。
　ベルゼの唇が、震えながら、薄く開く。
　淡く笑んだ口元のその端から血を垂らしながら、ベルゼは言った。
「……好き、だった。ずっと……。どんな、商品より……オレは、黒い翼の君が、欲しかっ……た」
　そうか、とサキリの呟きが落ちる。
（ベルゼが愛したのは、人間に転生した彼女ではなく、彼の知る『クローネ』だったんだな）
　言い残すことは、と尋ねることは叶わなかった。
　悪魔は、微かに笑んだまま、既に事切れていたのだ。