ふと気が付くと、
ウォルター・Bは見知らぬ場所に立っていた。
「……あれ? ここは……」
寝子高からの、いつもの帰り道だったはずだ。
それがどうしてこんな、寝子島のそれとは似ても似つかない街並みの只中に立ち尽くしているのか。
ここは、いけない。
何か、よくわからないけれど、大切なものがねじ曲がってしまっている――。
頬に冷えた汗を伝わせて踵を返そうとした、その時だ。
「おや、もう行かれるのですか?」
どろりと重たいような空気を、甘ったるい声が揺らした。
がばと、振り返る。
先ほどまではいなかったはずの男が、整った笑みを顔に張り付けてウォルターを見つめていた。
男の背には、信じ難いことに、作り物とは思えないような悪魔の羽が細かに揺れている。
警戒を露わにするウォルターの元へと、男は滑らかな足取りで歩み寄った。
「君は、一体……」
「ワタクシは、
ブブ・ベルゼと申します。魔界のしがない商人でしてね。本日は、」
――貴方の《正気》を、仕入れに参りました。
「っ……!?」
ずぶりと、ベルゼの腕が、ウォルターの胸を貫く。
ベルゼはそこから、何か、淡く煌めく塊を掴み出した。
それはじきに、くっきりとした輪郭を持ち始め――金色の、小鳥の姿に変じる。
「あ……ああアあアアッ!!」
貫かれたはずのウォルターの胸には、一筋の傷もない。
しかし、ウォルターは、狂ったように咆哮した。
そんなウォルターを冷たく一瞥して、小鳥を何処かから現れた籠へと仕舞ったベルゼは、
「貴方の《正気》、確かに頂きました。御礼に、代わりの物を差し上げましょう」
と、小瓶――その中では、どろどろと濁った黒が蠢いている――を取り出し、蓋を開ける。
途端、邪悪な黒は、どうっと溢れて、ウォルターの胸に殺到し、その中に吸い込まれた。
「これは、別の世界で仕入れたケガレです。量が少なく、商品にはできませんでしたが……」
貴方の《正気》が位置していた場所を埋めるくらいは出来るだろうと、悪魔は笑う。
そして、いつの間にか――ウォルターの背後には、真っ黒の、ずんぐりむっくりな化け物が立っていた。
ウォルターはもう、叫ぶことを止めている。
けれど、青い瞳からは澄んだ光が消え、口元には、歪な笑みがこびりついていた。
「――会いたかったよ。行こうか、シシドウ」
化け物の方を振り返って、ウォルターは、夢の中を漂うような声で言う。
その姿を目に、ベルゼは口元に、にたりと弧を描いた。
「さあ、お行きなさい。あとは全て……貴方の《狂気》が導くままに」
◇
『た、たたた、大変です!!』
わたわたと慌てた、
ミラの声。その訴えを聞き留めて、
「ミラちゃん。先ずは、一旦落ち着こう。ね?」
と、
呉井 陽太は、強いて穏やかな声を出してそう促した。
『は、はい! ええと、深呼吸、深呼吸、です……!』
という具合で、ミラが幾らかの冷静さを取り戻していくのを、眼鏡の奥の双眸が細く捉える。
「焦らないで、ゆっくりでいいから、状況を説明してもらえるかな?」
『……はい。実は……寝子高のウォルター先生が、《たゆたう黄昏》に捕らわれてしまったんです』
「ウォルター先生って……僕達がお世話になっとる、あのウォルター先生が、ですか?」
そう問いを零す
倉前 七瀬の緑の瞳には、驚きと心配の色が乗っている。
頷くような間を置いて、ミラは続けた。
『はい、そのウォルター先生です。《たゆたう黄昏》は、この世界と魔界の狭間にあって……』
このままウォルター先生が戻らなければ、寝子島は1年以内に、狂気に支配された島と化すのだという。
寝子島に生きる全ての人々の正気が、失われてしまうのだ。
また、ウォルター先生がこんな事態に巻き込まれたのには、ブブ・ベルゼという悪魔が関わっているらしい。
「困った話ですね……とにかく、」
「先生が迷子なら、迎えに行った方がよかですね」
七瀬の言葉を耳に、「みたいだねぃ」と独り言のように陽太も呟く。
「先生を放ってはおけないし、寝子島を狂気の渦に呑み込ませるわけにもいかない。それに……」
「その趣味の悪い悪魔のことも、野放しにはしておけないからねぃ」
言って、陽太は灰色の眼差しを、ごく密やかに、鋭くさせた。
お世話になっております、巴めろと申します。
このページを開いてくださってありがとうございます!
呉井 陽太さん、倉前 七瀬さん、ガイドへの登場誠にありがとうございました!
もしこのシナリオにご参加いただける場合ですが、
ガイドは一例ですのでご自由にアクションをかけてくださいませ。
以下、本シナリオの詳細な説明になります。
このシナリオの概要
魔界の商人を名乗る悪魔ブブ・ベルゼにウォルター先生の《正気》が奪われ、
先生は、この世界と魔界の狭間《たゆたう黄昏》に捕らわれてしまいました。
このまま先生が寝子島に戻らなければ、1年以内に寝子島中の人々が正気を失ってしまいます。
先生を救い出し、《時の特異点》を守るのがこのシナリオの主な目的です。
なお、ベルゼが先生に翼獣の世界で得たケガレを与えた影響で、
後述の翼獣達の中からも、《たゆたう黄昏》に召喚されるものが出てきてしまいました。
心を通い合わせることができれば、彼らも、PC様方に協力してくれるでしょう。
また、PC様達は猶予なく《たゆたう黄昏》に召喚されることになりますので、
普段から持ち歩くのに不自然な物の所持・使用は採用できない場合がございます。
なお、翼獣は当方が担当させていただいたシリーズシナリオ等に、
ベルゼはこちらやこちらのシナリオ等にも登場しておりますが、
それらをご参照いただかずとも、全く問題ございません。
このシナリオでできること
PC様方は、《たゆたう黄昏》内に位置する、近未来的なドームに転送されたところからのスタートです。
事前にやっておきたいこと等があれば、そちらでどうぞ。
なお、翼獣もその中に召喚されています。
その後の行動は、以下のABからどちらかひとつの行き先を選んでいただくことになります。
必ず「キャラクターの行動」欄の冒頭に【A】【B】と記入してください。
【A】ウォルター先生を倒し、救出する
《たゆたう黄昏》内の、レトロな遊園地の廃墟を思わせる夕焼け空に彩られた場所で、
ケガレを与えられた影響で狂気に飲まれたウォルター先生、及び、
先生がシシドウと呼ぶ、ケガレが形を得た存在である化け物と戦います。
元は遊具だっただろう物達が辺りに点在していますが、
いずれも、壊れ、崩れ、或いは溶け……といった様相で、利用するには工夫が必要です。
シシドウを倒せば、先生もまたケガレを失い、先生の《身体》を救出することができます。
先生とシシドウは連携して襲ってきますので、ご注意ください。
なお、先生は《正気》を奪われている為、説得等での事件解決はできませんが、
ある程度の会話は(真っ当な受け答えができるかはともかく)可能であり、
場合によっては、働きかけによって動きを鈍らせること等もできます。
シシドウとの意思疎通は図れません。
以下、ウォルター先生とシシドウの攻撃手段です。
☆ウォルター先生
○白いチョーク
物・人等に当たると、瞬時に、細かな粉に変じて煙幕のように広がり、
先生やシシドウを守るバリアになります。(粉を周囲に纏っている間、攻撃を弾き飛ばします)
○青いチョーク
当たった相手を、氷漬けになったように動けなくします。
空中で食らった場合等は、バランスを失い落下します。
誰かに直に触れてもらうことが出来れば、状態異常は解除されます。
○赤いチョーク
物・人等に当たると爆発します。1本1本のダメージは小。
なお、先生はチョークを同種なら一度に最大10本ほど、予備動作も殆どなく召喚しますが、
召喚できるチョークの数は、多いけれども無尽蔵ではないようです。
先生は、基本的に、シシドウを守ることを最優先します。
☆シシドウ(体長5m程の、腕が異様に発達した、ずんぐりむっくりな真っ黒い化け物。動きは鈍いが力が強い)
○捕まえる
不格好で大きな腕を伸ばし、対象を捕らえます。
○握り潰す
捕まえた対象をそのまま握り潰そうとします。
○薙ぎ払う
発達した太い腕で、周辺の対象を一気に薙ぎ払おうとします。
【B】ウォルター先生の《正気》をベルゼから取り返す
《たゆたう黄昏》内の、夜色の空の下にどこまでも広がる草原で、
ブブ・ベルゼ及び、ベルゼがウォルター先生の《正気》から生み出した化け物・悔恨鳥と戦います。
悔恨鳥は、一定以上のダメージを与えると、小鳥の姿に戻ります。
悔恨鳥を倒した段階で、ベルゼは撤退を試み、先生の《正気》を回収することができます。
アクションの工夫次第では、撤退を阻止することも可能です。
ベルゼは基本守りに徹し、悔恨鳥はベルゼを守るように立ち回る、という連携を取ります。
なお、ベルゼとは言葉を交わすことが可能ですし、
先生の《正気》の具現である悔恨鳥とも会話をすることができます。
但し、悔恨鳥はベルゼに使役されている為、働きかけによって攻撃の手を緩めること等はありません。
以下、ベルゼと悔恨鳥の攻撃手段です。
☆ブブ・ベルゼ
○幻の小鳥
極彩色の小鳥の群れがベルゼの意のままに飛び回る、目眩ましの幻術です。
ダメージはありませんが、視界を遮る等の影響があります。
○輝きの嵐
光の粒子が舞い踊る、ベルゼを中心として巻き起こる嵐です。
触れた者にダメージを与えると同時に、吹き飛ばします。
○闇のオーラ
PC様方がベルゼへの接近を果たした際に、ベルゼが使用する技です。
拳や足にオーラを纏わせて、ダメージ大の体術を繰り出します。
ベルゼは、PC様方との以前の戦いの影響で、弱体化しています。
それが理由で、守りや逃げを重視しますが、逆に、トドメを刺すチャンスでもあります。
☆悔恨鳥(体長5m程の、金色の羽に青い目の巨大なカナリアの化け物。ウォルター先生の声で喋る)
○悔恨の唄
唄を聞いたPC様方の心に悲しみを呼び、動きを鈍らせます。
○体当たり
大きな身体で、猛スピードで突進してきます。
○羽ばたき
風を呼び、PC様方の動きを鈍らせたり、吹き飛ばそうとしたりします。
無事に【A】【B】双方で目的を達成できた(シシドウ・悔恨鳥を倒せた)場合、
ウォルター先生は《正気》を取り戻し、最初に召喚されたドーム内に帰還の為の《ゲート》が生まれます。
先生と話したいことがある、翼獣との別れを惜しみたい……等々、
帰還前にやるべきことがあれば、アクションにご記載くださいませ。
また、万が一、先生を救出し損ねた場合は、後日、何らかの形で続きのシナリオが登場いたします。
実際に敗北も起こり得ますこと、ご承知おきくださいませ。
登場NPCについて
○ミラ
《たゆたう黄昏》には来られませんが、ドーム内でのみ、PC様達との交信が可能です。
持っている情報はガイド本文で語ったものがほとんどですが、
ウォルター先生の《身体》の大体の位置や《正気》とベルゼの大体の位置はわかるようなので、
行き先がわからずに困るということは、概ねないかと思われます。
○ウォルター・B 先生
過去の悔恨に付け込まれる形で、事件に巻き込まれてしまいました。
警察官になる夢を諦めた理由がその悔恨に深く関わっているようですが詳しくは不明です。
○シシドウ
ウォルター先生に与えられたケガレが生んだ化け物。
シシドウ、という名でウォルター先生に呼ばれることには、何かしらの意味がある様子。
○ブブ・ベルゼ
魔界の商人を名乗る、美しくも胡乱な悪魔。
価値のある《商品》を手に入れる為には手段を選びません。
過去、クローネと何らかの関わりがあった模様。
○翼獣
獅子ほどの大きさの黒豹に似た獣。背中には鷲の翼が生えています。子翼獣(ちっちゃい)もいます。
人間の言葉こそ喋れないものの高い知能を持ち、人間と心を通じ合わせることができる生き物です。
これまでに彼らが登場したシナリオを経て、基本的に、人間という存在に心を開いておりますので、
仲良くなりたい! という素直で純粋な気持ちさえあれば、すぐに仲良くなることができます。
翼獣が心を開いてくれた場合、PC様おひとりにつき、1頭の翼獣と行動を共にすることが可能です。
一緒に時間を過ごす翼獣の性別やなんとなくの性格は指定可能ですし名前を付けることもできますが、
過去シナリオで既に名前を得た翼獣達を連れていけるのは名付け親のPC様のみとなります。
大人の翼獣は人間を1人、やや不安定になりますが頑張れば2人まで背に乗せて空を飛ぶことができます。
また、これまでに縁を得た翼獣と行動を共にする場合は、
イメージの乖離を防ぐため、翼獣の特徴・性格等を必ずご記載くださいませ。
必要がございましたら、今回は、リンクも参照いたします。
ウォルター先生の安否と寝子島の未来は、皆様の活躍にかかっています。
ご縁がありましたらよろしくお願いいたします!