あの日のあとで４｜リアクション

あの日のあとで４

「野々さん！」
　クラスは隣合わせなのに、見つけ出して声をかけたのは、放課後になってしまった。
　帰路につこうとしていた野々ののこを呼び止めたのは、佐藤英二。
　呼ばれて振り返ったののこが、「あ、英二くん！」と、ぴっかぴっかの笑顔になる。
　手招きをするか、自分から彼女の方に歩み寄るか。
　それを考える一瞬の間に、ののこは、てててっと、英二の目の前までやってきて、
「英二くん、今日は、初めて会うね♪　……そうだ！　おはよう！　こんにちは！」
　と、「じゃあまたね！」以外の一日分の挨拶を、一気に英二へと告げた。
　その元気の良さに、思わず、くすりと笑ってしまう英二。
　そんな英二を見て、ののこの方も、きししっ♪　と満足げな顔になる。
「うむうむ。英二くんのその笑顔に、私が花丸を進呈しよう！　……あ、ところで、何か用事？」
　こてん、と首を傾けて尋ねられて、英二はハッと、彼女を探していた理由を思い出した。
　そして、手の中のものを、ののこへと賞状を渡す時のような厳かさで手渡す。
「おおー！　これ、なになに！？」
「夏至まつりの時の写真。プリントしたから、野々さんに進呈します」
　自分の真似をして『進呈』されたシンプルな封筒を手に、
「おおお～！！」
　なんて、瞳をきらっきらに輝かせるののこ。
「これって、キャンドル流しの時に、スマホで撮ってたやつ？」
「うん、そう。コンビニでプリントしてみたんだ」
　喜んでくれたら嬉しいな、と伝えれば、ののこは自分の顔を指差し、
「ね、喜んでないみたいに見える？」
　と、満面の笑みを浮かべて、悪戯っぽい声で言った。
　ののこの明るい笑顔が、英二の心に、あたたかに射し込む。
「ねえねえ、早速見てみてもいいでしょ？　いいよね、英二くん？」
「勿論。どうぞ、野々さん」
　英二が言うが早いか、かさ、と、封筒が乾いた音を立てたのを、
「うわ～！！」
　という、ののこ当人の歓声がかき消した。
「キャンドルいっぱい、綺麗だな～♪　英二くん、フォトイベントも参加したらよかったのに！」
「うーん、そこまで本格的じゃないからなぁ……」
「じゃあ、英二くんには、私がもう１個花丸をあげよう！」
　言って、ののこは空いている方の手、その人差し指で、宙に花丸をくるくると描いてみせる。
　楽しげなその様子にまた笑ったあとで、英二は、
「あの時のミートパイ美味しかったね」
　と、ナイトマルシェでの出来事を思い出しながら、しみじみと言った。
「うんうん、美味しかった！　英二くんにもらったカレーパンとエクレアも美味しかったな～♪」
「だね。僕は、レモネードもかなり気に入ったよ」
「私も！　うわ～、今ほしいな～！　喉が渇いてきちゃったよ～！」
「確かに、思い出すと、また食べたり飲んだりしたくなるね」
「だよねだよね！　う～、タイムリープして、レモネード買いに行きたい～！」
　英二は、（本人は至って真面目に）無茶苦茶なことを言い出したののこの手の中を見た。
　ののこが褒めてくれた、１枚の写真。
　夜の海を、無数のキャンドルの煌めきが、照らし出している――。
「……この時は、幻想的で、凄く感慨深かったよ」
　自然、その時のことが思い出されて、声が漏れた。
　その声に我に返ったみたいに、ののこもまた、写真へと眼差しを落とす。
「……うん！　綺麗だったよね、本当に」
「あと……あの時の僕のお願いもずっと叶うと良いなって」
　――僕は、ずっとこんな風に平穏で楽しい毎日が続きますように……ってお願いしたよ。
　――私は、今年の夏も楽しいことでいーっぱいになりますように、って！
　あの日の、互いの言葉が、胸を過ぎる。
「勿論、野々さんのお願いも叶って欲しいと思うよ」
　と伝えれば、
「じゃあ、英二くん。私のお願いに、引き続きご協力よろしくお願いします♪」
　なんて、茶目っ気たっぷりに、ののこは、にっと白い歯を見せた。