あの日のあとで４｜リアクション

あの日のあとで４

　落合まゆらには、黒歴史がある。
　黒歴史なんて、悲しいかな、人間誰しも抱えているものではないか。
　そんな慰めが全く仕事をしないほどに、まゆらの黒歴史は、直近の出来事すぎた。
　異世界に転移する方法を知っていたならば、彼女はとっくに、それを行使していただろう。
「いくら猛暑で脳みそが茹って熱暴走してたからって、アレはないわ！」
　旧市街のアパートの一室で、まゆらは、ぺしん！　とクッションを叩きながら叫んだ。
　軽い熱中症で倒れ、病院へと担ぎ込まれたまゆら。
　病院で聞かされた己の奇行の数々を、思い出したくもないけれど思い出す。
　まゆら、現実とアニメの世界の出来事を混同して、水着姿で街へ繰り出したのである。
　あとは、ペットボトルの水を、街中で、俄かに頭から被ってみたり。
　自動販売機に寄りかかって、セクシーポーズを決めてみたり。
　およそ正気ではなかったまゆらは、スマートフォンに自撮り写真も残していた。
　その写真に後々気付いた時のまゆらの気持ちは、どうか察していただきたい。
　おまけに、奇行の一部は、インターネット上の動画サイトやSNSでも話題になってしまった。
　更に更に、何をどうやって突き止めたのか、
　――君、グラビアデビューとか考えてみない？
　なんてオファーが、芸能事務所から舞い込んでくる始末。
　勿論、まゆらは即座に断った。
「冗っ談じゃないわよ！！」
　壁に投げつけたクッションが、どむっ！　と鈍い音を立てて跳ね返り、床に落ちる。
「もう、最低に最悪ってやつだアアアアアアハハハハハハハハハハーッ……って笑えねえ……」
　ここまで己の奇行が世に広がってしまうと、中々、外出し難いものがある。流石に。
　しかし、まゆらは、専門学校の声優科に通う学生だ。
　このまま引きこもりになってしまうわけには、いかなかった。
　アルバイトだって、奇行の件なんてお構いなしに、まゆらを待っている。
「外に出ないわけにはいかない……のよね……」
　深い深いため息が、腹の底の底から溢れた。
「……とりあえず、髪形を変えて……」
　常のツインテールから、アップに纏めるスタイルにチェンジ！
　やったね！　何だか夏らしい！　……とか言っている余裕は一切ないので、
「あとは……これで、何とか……」
　と、伊達眼鏡をかけて、鏡に自分を映してみた。
　うん、結構、印象が変わっている……と、思う。そして。
「……仕方ない！　行こう！」
　と、まゆらは、危険極まりない戦場に赴く戦士のような気持ちで、街に出た。
　歴戦の猛者ではなく、新米戦士レベルに装備が心許ないが、致し方ない。
　外の暑さは、事件が起こったあの日よりは、幾らかマシだった。
　それでも、夏の暑さは、やはり、まゆらに容赦なく襲いかかるのだが。
　幸いだったのは、道中で指を差されるような、嬉しくないハプニングが起こらなかったことだ。
（シンプルな変装のほうが、逆にバレにくいのかしら）
　という次第で、まゆらは、いつバレるかと戦々恐々としながらも、無事、専門学校へと辿り着いた。
　が、しかし。
　ようやく目的地へ辿り着いたまゆらは、（案の定ではあったが）学校でネタにされまくったのだった。
　もう死にたい。
　そんな良からぬ思いが、瞬間、頭を過ぎったりもした。
　そして――まゆらは、あることを固く心に誓う。
（……お金貯まったら、絶対にいいエアコン買うんだ……）
　伊達眼鏡の奥で、まゆらは、遠い遠い目をしていたとか。

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