あの日のあとで４｜リアクション

あの日のあとで４

　夏至まつりの夜の部にて、友人達と屋台の料理を楽しんでから、およそ１週間。
　春姫いちごは、いかにも気合十分といった様子で、キッチンに立っていた。
（あの時食べた屋台の食べ物……とっても美味しかったですっ）
　あの場での出来事、そしてそこで味わったもの達を思えば、自然、笑みが零れる。
　あの日からいちごは、あんなふうな、基礎ではない普通の料理にも挑戦したいと思っていたのだ。
　と、いうわけで。
「まずは……家庭料理の基本！　肉じゃがにチャレンジですっ！」
　ぐっ、と握った拳は、きらきら輝くやる気の証だ。けれど。
（慣れないことですから、一人じゃきっと大変ですよね。なので……）
　ぱくっ、と、用意してあった苺を口に運ぶ。
　途端、ろっこん『いちごじょうか』が発動し、いちごの目の前に、分身さんが現れた。
「わたしが二人いれば、きっと大丈夫ですよねっ！」
『はいっ！　二人で補い合えば、絶対上手くいくはずですっ！』
「ですねっ！　分身さん、一緒に頑張りましょう！」
　おー！　と、２人分の拳が、天井に向かって、元気いっぱい突き上げられる。
　かくして、いちご（×２）のクッキングタイム、始まり始まり。
「えっとえっと……まずは玉ねぎからでしょうか？　これはわたしがやりますねっ！」
『はいっ、よろしくお願いしますっ！』
　ぺりぺりぺりっと、皮を剥く。
　そして、露わになった艶やかな本体をくし切りに……しようとした、の、だが。
「……う、うう、目がとっても痛いです……！」
　という具合で、蜂蜜色の双眸からは、止めようもなく、涙がポロポロ。
「分身さん、助けてくださぁい……！」
　と、ヘルプ！　の声を上げてはみたものの、
『わ、わたしも痛いです……うええ……』
　なんて、隣でいちごの作業を見守っていた分身さんも、いちご同様、ぐしぐし泣いている。
　これはもう、いちごが何とか頑張るしかない。
　どにかこうにか玉ねぎを切り終えて、いちご（と分身さん）は、ほう、と息を吐いた。
「じゃあ次は、玉ねぎを炒めるので……」
『わたしが他の具材を切りますねっ！』
　先ほどの失敗を挽回せんと、分身さんが、いちごと揃いの瞳を煌めかせる。
「じゃあ、よろしくお願いしますね。えっと、油を熱して、玉ねぎを……」
『あうっ』
　玉ねぎを炒め始めたまさにその瞬間、傍らで不吉な声がした。
　ハッとしてそちらを見遣れば、ちょうど、包丁で指を切った分身さんが消えていくところ。
　いちごの分身さんは、一定のダメージを受けると消滅してしまうのだ。
「ああぁ！　分身さんが消えちゃいました！」
　切りかけのままの具材が、まな板の上にどこか寂しげに乗っている。
　けれど、鍋の玉ねぎも、じゅうじゅうといい音をさせていて……。
「えっとえっと、先に具材を切らないと……でもでも、玉ねぎが……あうう」
　本日の相棒を悲しい事故（？）で失ったいちごがあわあわしまくったのは、言うまでもない。
　それでもじきに、何とか、つやつやの肉じゃがが完成した。
「ふう……やっと出来ましたぁ」
　エプロンを外しながら、いちごは、安堵にほっと表情を緩める。
　思い返せば、ここまでの道のりは長かった。けれど。
「美味しそうに出来てよかったですっ！　さっそくいただきますっ♪」
　かくして、美味しい時間がスタートする……はず、だったが、
「あれあれ……なんだかしょっぱいような……？」
　と、肉じゃがを一口もぐりとして、いちごは首をこてんと傾ける。
　そしていちごは、はたと思い当たった。
「……もしかして、お砂糖と塩、間違えました？」
　返る声こそないが、答えは明白。
　いちごは、ず―んと落ち込む……ことはなく、
「……でもでも、はじめてだし、美味しいし……」