あの日のあとで４｜リアクション

あの日のあとで４

　『七夕ゆかた祭り』から、数日が経ったある日のこと。
　放課後の校舎を、八神修は、少し早足に誰かを探して歩き回っていた。
　その、『誰か』とは。
「――あおい！」
　後ろ姿だけでも、修には、それが探し人――七夜あおいだとすぐにわかった。
　ツインテールを揺らして、あおいが振り返る。
　青の眼差しに真っ直ぐに捉えられれば、とくん、と胸が跳ねた。
　そして、向けられる笑顔の、眩しさたるや。
「修君、どうしたの？」
「……へ？　あ、ああ、この前の、『七夕ゆかた祭り』の時の写真、焼いたんだ」
　我に返って、修はあおいへと、あの催しを思い起こさせるような、和の装いが愛らしい巾着を手渡した。
「わ、ありがとう！　……ね。今開けても、大丈夫？」
「勿論だよ」
「やった！」
　声を跳ねさせたあとで、巾着の中から、あおいが、１０枚とちょっとの写真を取り出す。
　あ！　と、不意に、その声が益々以って華やいだ。
「これ、あの時、修君が撮ってくれた写真だね」
「うん、そう。我ながら、上手に撮れたと思う」
「ふふ、２人とも、楽しそうに写ってるもんね。短冊も、綺麗だなぁ……」
「写真、他にも色々あるから、見てみてくれ」
　頷いて、１枚１枚、写真を検めていくあおい。
　写っているのは、例えば、２人で短冊を飾った、大きな笹飾り。
　一緒に食べ歩きをした、たくさんの屋台。
　その屋台で食べた、艶やかなリンゴ飴の写真もあるし、
「お、リンゴ飴と修君だ」
「うん、一応、自撮りもね。自撮り棒は使わなかったから、他のに比べると、少し見劣りするかな？」
「そんなことないよ、素敵な写真。修君がお祭りを満喫してるのが、伝わってくる感じがする」
　あおいが真面目に言うのに、「そうかな」と、修はくすぐったいような心地で応じた。
　と、次の１枚を見留めたあおいが、「わっ」と小さく声を漏らす。
「私の写真だぁ……！」
「それ、俺の自信作だよ」
「何だか照れるなぁ。お祭りを満喫してます、って顔してるね、私も」
　くすくすと笑い声を零すあおい。そうして彼女は、
「リンゴ飴、甘くて、美味しかったよね」
　と、あの日の思い出をいとおしむようにして音を紡いだ。
「だな。浴衣も、たまには良いものだなって、思ったりしたよ」
「わかる！　何だか、特別！　って感じがするよね」
「そういえば、着付けは自分でしたの？」
「ふふふ、どうでしょう。そこは、ミステリアスな感じにしておこうかな」
　ふざけたように、茶目っ気を滲ませてあおいが言う。
　修はふと、今の自分が、あの日の只中に立っているような錯覚を覚えた。

（本当に、楽しかったな……）
　あれ？　と、あおいが首を傾げたのは、その時だ。
「あおい？　どうかした？」
「巾着の中に、他にも何か……あ！」
　あおいの手のひらの中に、ころりと落ちたのは、中に金平糖が煌めく瓶。
　それを巾着に入れた張本人の修は、あおいの反応にくすりと笑んだ。
「祭りを思い出すだろ？　流石にこれは、自作は難しかったのが残念だけど……」
「でも、すっごく綺麗で美味しそう！　赤色は、苺味かな～？」
「俺は、黒糖味が特に好きだな」
「おっ。出たね、修君の甘党が」
「って、金平糖は全部甘いだろ？」
「バレたかー」
　小さく舌を出すあおいと、目が合う。
　どちらからともなく、２人は、一緒になって笑い声を重ね合った。
　ひとしきり笑ったあとで、修は、真正面からあおいの顔を見て、
「また、一緒に遊べたらいいな」
　と、口元をそっと和らげる。
「夏のイベント、きっと、これからも沢山あるだろうしさ」
　窓の外は、きらきら、夏の色。
　高校２年生の夏は、まだまだ、終わらない。

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