寝子島呪刀奇譚｜リアクション

寝子島呪刀奇譚

夜明け間近の共同墓地で、サキリ・デイジーカッターは一人の剣士と相対していた。
「……死合おうぞ」
　肌をひりつかせる声の剣士が纏うのは、浅葱色にダンダラ模様の陣羽織。その手に持つのは、かの有名な一番隊隊長の愛刀に酷似しているような気がした。
　あの幕末最強剣士の一人、沖田総司。
　まさか本物ではあるまいが、その似姿に呼ばれるとは思ってもみなかった。
「いい趣向じゃないか。これを持ってきた甲斐があったよ」
　指先まで駆け巡る熱を余さず伝えるように、ダマスカスブレードを握る。
　腰を低く落とし、疾駆。
　似姿とはいえ相手が相手、ならばあらゆる手を使うのみ。
　蛇の如くに身体を沈め、足を刈り取る地摺りの一閃。
　振り抜く勢いからの、両足で喰らいつくような蹴り。
　沖田はただ退がるのみでこれを避け、直後紫電を帯びた斬り下ろし。
　半歩ずらして剣閃を逃れ、サキリは踏み込みからの肘打ちを撃つ。逆に肘で弾かれ、ならばとつま先を砕く勢いの踏み込み。
　踏みつけたのは、ただの地面。弾け飛ぶのは砂利ばかり。
　直後、沖田の膝が腹に沈む。
　ごぼっ、と吐き出すのは赤の混じった酸い胃液。
　ここで下手に距離を取れば、かの三段突きの餌食となるのは明らかで。
　『斬空赤刃』で、背後へと回り込む。
　繰り出した赤熱する刃は、しかし既に深く身を沈めた沖田の頭上を通り過ぎるばかり。
　同時に放った蹴りは、刀の柄に押し止められた。ミシ、と骨が微かな悲鳴をあげる。
　飛び退き立ち上がる沖田に、『斬空赤刃』で追いすがる。
　振り下ろすブレードに続けて繰り出すのは、頭突きの一発。
　それは、身をかわす沖田の左肩を捉えた。
　動きが鈍った刹那を逃さず一閃したブレードは、しかし羽織を掠めるのみ。
　頭上に、沖田の刀が閃いた。
　走る左手が、隠し持っていたナイフを抜く。
　ほとんど手首のスナップだけで投げ放たれた刃を、しかし沖田は切り払う。
　火花と金音が遅れてきたと思えるほどの、電撃的な反応速度。
　サキリが見開いた瞳に、ぞっとするほど滑らかな動きの返し刃が映る。
　袈裟懸けの斬撃が、サキリを捉える。
　よろめくサキリは、全身の筋肉がこわばるのを感じた。
　血飛沫の向こうに、平晴眼の構えが見える。
　『斬空赤刃』の発動と、踏み込みの音はほとんど同時。飛んだサキリの脇腹が、じわりと赤い色に染まる。
　（こうなったら……！）
　『斬空赤刃』、再発動。
　右へ跳び、剣閃をかわされたなら左へ。それもかわすなら背後へ、正面へ。足首を刈る　一撃を跳ぶなら頭上へ。
　それでもダメなら、更に飛んで斬り続ける。
　文字通りの全方位、あらゆる咆哮から繰り出す無尽の剣閃。
　受けようものなら、鋼鉄すら断つ赤光の刃で斬り砕く。
　斬撃の檻、赤光の嵐にも等しいそれが止んだ時、沖田のダンダラ羽織は原型を留めぬ有様と化していた。
　ダンダラ羽織、ただそれだけが。
　『斬空赤刃』が途切れたその刹那、沖田の刀がサキリの肩に食い込んでいる。
　刃の冷たさ、そして熱を伴う痛みにめまいすら感じながら、
　「捕まえ、た」
　凄絶な笑みを浮かべた。
　刀を引かれれば指が落ちるのを承知で、左手で刃を掴む。
　右手のブレードは、まだ赤く輝いていた。
　赤光が一閃し、硬質な破砕音が響く。

　沖田総司の似姿が霧散し、サキリの身体も糸が切れたように倒れ込む。
　気づけば、空には薄明が訪れつつあって。
　星の消えゆく薄明かりのなかに、折れた刀が一振り転がっていた。

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