寝子島呪刀奇譚｜リアクション

寝子島呪刀奇譚

　とうに破れた、大きな社めいた廃屋。
　古武術の鍛錬にと、そんな場所を勝手に借りていたのが災いしたのか。
「出るんですか、ここ。それも白昼堂々と」
　刀を手にした少女を前に、吉住志桜里は目を瞬かせた。
「死合いましょう？」
　可憐さの漂う容姿には、全く似合わない言葉。
　やはりこれまた似つかわしくない鋭い得物を、少女は志桜里に向けて構える。
　彼女が廃屋に由来するものか、それとも別かは興味もなし。
「……何にせよ、いささか剣呑に過ぎますね」
　片手に構えるのは、刀を模して刃のない、重さばかりが刀に勝る鉄棒。もう一方に握るのは、これまた鉄の長い手甲。
　こんな出で立ちで、しかも対峙するのは少女の異形。まったく、なんと出鱈目な光景か。
　しかし向けられた刃の鋭さは、本物と思うより他になく。
　髪が逆立つような、肌を焦がすようなこの気配も、また真実。
　故に、"死合"も冗句と笑うことはない。
「なれば、脊も峰もぶち砕きますよ。参りますッ！」
　廃屋の床が、悲鳴を上げる勢いの踏み込み。
　叩きつけられる鉄棒から、少女は踊るように身を躱す。
　床が叩き割られて飛び散れば、志桜里はその破片を礫代わりに鉄棒で打つ。
　表情一つ変えずに刃を閃かせ、木っ端の礫を切り払う少女。
　その足元へ、志桜里は低く身を沈めて潜り込む。
　刀狙いの打ち込みは、しかし背を反らした少女の鼻先を掠めていく。
　ならばと、鉄棒にて打ち掛かる。狙うは、やはり少女の手にする刃。
（如何に名のある刀と謂えども、刃は剃刀のように繊細な物）
　刀というものは、鉄の塊と打ち合うようにはできていないのだ。
　少女の身体が、溶けるように低く沈む。鉄棒を刃が掠める金属音と、火花があたりに撒き散らされた。
　ぐん、と。少女が顔を跳ね上げる。
　瞳に宿す獰猛が尾を引き、刃となって志桜里に迫る。
　手甲を滑り込ませて、刀を斜めに押し上げる。そのまま打ち掛かろうとすれば、しかし少女の蹴撃が顎を揺らした。
（押し上げたのを、利用して……！）
　飛び退って衝撃を逃し、口の中に広がる鉄の味を吐き捨てる。
　志桜里の古武術は喧嘩殺法がより無遠慮になったようなものだが、相手も似たようなものらしい。
「ますます出鱈目になってきました――ね！」
　肉薄する少女の剣閃に、鉄棒を叩きつける。
　寸前ですとんと落ちた切っ先が、次の瞬間バネじかけめいて斬り上げを放つ。
　鋭く割り込む手甲で弾けば、少女の身体がよろめいた。
　すかさず踏み込み、横殴りに鉄棒の一打。ひしゃげる音がして、矮躯が壁へと叩きつけられた。
　土埃と壁の破片が、猛烈な勢いで巻き上がる。
　その向こうで、地を這う凶刃が閃いた。
　咄嗟に引けば、太ももを痛みが走る。
　ぱっくり裂けて飛び散った血が、少女の顔に降りかかる。その表情も、動きも、さっきとまるで変わらない。
（堪えてないようですね）
　やはり異形の類であるならば、ぶち砕かねば止まらないのか。
「！」
　少女の姿がかき消えたかと思うと、放たれるのは地摺りの一閃。先程よりも、深く低い。
　電撃的な速度で身を屈め、志桜里は手甲で以てその一閃を押し止める。
　そして少女の体ごと、刃をかち上げた。
　しかし、少女はその勢いを利用して旋転。
「おみ、とおし、ですっ！」
　蹴りの体勢に入っていた少女の脚を、志桜里は先んじて蹴り上げた。太ももを刺す激痛は、闘争心という麻酔で握りつぶす。
　鉄棒を大上段に振り上げ、朽ちた床板を貫くのも構わず踏み込む。
「頭蓋、髄。どこで止まるか見せなさい……！」
　そして繰り出すのは、一気呵成の打ちかかり。
　刀を翳して防ぐなら好都合。
　古武術の神髄は、対手の武具も防具も骨も、諸共に砕く一撃にこそ。
　けれど、少女が刀を翳すよりも速く。その頭蓋に、鉄棒が炸裂した。
　唐竹割りの要領で振り抜けば、あたりに飛び散るのは血と脳漿の代わりに黒い飛沫。
　その飛沫は、煙のように消えていった。

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