寝子島呪刀奇譚｜リアクション

寝子島呪刀奇譚

　髪を振り乱し、汗みずくになりながら、ティオレ・ユリウェイスは炎天下の街を駆け抜ける。
　肌に貼り付いた髪を振り払って振り向けば、しつこく追ってくる黒衣の影が一つ。
　その手には、抜身の刀が握られていた。
　人通りの少ない道でなかったら、とっくに大騒ぎになっていただろう。
（……この島に来るたびに、何か妙なことに巻き込まれてない？）
　今度は白昼堂々抜身の刀が現れたかと思ったら、そいつを手にした黒衣の影がに襲われるときた。
　あいにく今日は軽装で、武器になりそうなものは何も持ってない。
　炎天下の中逃げ回って、体力がいつまで持つか。しかも、相手は得体の知れない存在だ。
　なんでもいい、武器になりそうなものは。
　油断なく巡らせた視線が、古ぼけたショーウィンドウに飾られた、一振りの刀を捉える。
　骨董品店なのだろう。飛び込むと、刀の他にも古そうなモノがいくつも中には並んでいた。
　およそ尋常の買い物客とは思えぬティオレの様子に、店主の老人が目を瞬かせる。
「この刀もらうよ！」
　ポケットに突っこんであった、諭吉で分厚い財布を放り込む。
　店主の返事は聞かず、鞘ごとひっつかんで店を飛び出した。
　直後に視界の端を走った一閃を、鞘で受ける。
　眼の前に迫った刀ごしに、黒衣の影の男とも女ともつかない面構えがよく見えた。
「ここでは相手してやれない、ねっ！」
　蹴りを見舞い、そのまま走り出す。
　刺すような殺気を背中に受けながら、ティオレはやがてコンクリートのたたきが広がる袋小路へと躍り出た。
　人気はないし、それなりに広い。ここならば、奴と戦える。
　風切り音に身を引きながら向き直り、影の刀を切り払う。
　二合、三合、息をつく間もなく打ち合い、汗と火花があたりに飛び散った。
　互いに身を引いたかと思うと、黒衣の影はすぐさま踏み込む。息を整える時間は、もらえないらしい。
　影の突きをかわせば、返す刀の切り下ろしが迫る。
　刀で受けると同時に、脇腹狙いの右のミドルキック。
　唸る蹴撃を左へと踏み込んで躱し、影はそのままティオレの背後へ回り込む。
　すかさず腰を低く落とすティオレ。影の袈裟斬りに、髪が舞い散った。
　返すのは、コンクリートに火花の円を描く、地摺りの足を刈る一閃。
　逃げた影の顎に、回転の勢いを乗せた蹴り上げが炸裂。
　踊るように跳ね起きての斬り込みを、しかし影は払って切り返す。
　額に走る、鋭い痛み。ぬるりと熱いものが伝っていく感覚。
　次の瞬間、振り抜いた勢いを乗せた当て身が、ティオレを襲った。
　低い呻き声を漏らして、コンクリートの上を転がる身体。
　踏みつけんとする追撃を跳ね起きて回避し、
「なかなかやるねぇ……！」
　口の端に滲んだ血を拭う彼女は、笑っていた。
　命を駆けて斬り合っているにも関わらず、その胸の中はむしろ軽くすらあった。
　歯を剥き出しにして、ティオレが駆ける。
　影の剣撃を、滑るように刃の下へ潜り込んで回避。軸足を捻り、弧を描く軌道で跳ねるように斬り上げる。
　確かな手応え。
　黒衣の影の胸元が、黒い飛沫をあげていた。
　踏みとどまった影が、逆袈裟の斬り上げを放つ。
　その腕を、ティオレはかち上げるようにして蹴り上げた。
　がら空きになった胴体を、真っ二つに断ち割るように一閃。
　上下に泣き分かれた影は、直後陽の光に焼かれるように霧散して消えていった。

　刀を振り抜いた姿勢から、がっくりとティオレは膝をついた。
　走り回って、戦って。終わった途端に溢れ出した疲労に、何度も肩で息をする。
　当身を食らった時にできたのか、全身の擦り傷がじわじわ痛むし、なにより額の傷がめちゃくちゃ痛い。
　幸い血は止まっているようだが……帰るにしても、処置をしなければ。

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