職業体験に潜む罠｜リアクション

職業体験に潜む罠

　事情聴取も済み、仕事が一段落した夏朝とあおいは、アイスクリームショップへ一休みに来ていた。
　休憩時間に使えるよう、ニャッゾは休み時間ごとに支払われるため、お会計は全て今日のお給料からだ。
　ちょっとリッチな気分になって、ニャゾニアンモールオリジナルの猫スプーンがスーベニアとしてついてくる、ダブルのアイスクリームのカップを持って、二人は小さな二人席に向かい合わせで座った。

「んー、働いて買ったと思うとおいしいね！　恵御納さんは、次はどうするの？」
「僕は、他の職種に行こうか迷ってて……でも、せっかく仲良くなった猫さん達のお世話もしたいし」

　受付の時に仮予約だけしてみたものの、まだ決め手に欠けている。
　体験してみたい職業と言うよりも、誰にも迷惑をかけないという消去法で選んだようなものだ。
　本当は何がしたいのかと思うと、こんな決め方ではいけないことくらいはわかっている。

「確かに、色んな職種があって迷うよね。私も看護とか色々……でも、楽しそうなのがいいかなって」
「職業体験なのに？」
「職業体験だからだよ！　ほんとうに就職だったら、気楽に参加できないでしょ？」

　あおいの言葉に、夏朝は視界が広がったような気がした。
　不安を理由に、悩みに悩んで決めた職業だったけれど、もっと素直に決めてよかったんだ。
　いや、最終的に一番気になる職業を選んだつもりだけれど、もし何も気にしなくていいのなら、どんな職業を選んだだろう？

「そっか。どういう場所かわからないから、気軽に体験する場なんだね」
「私、何かおかしなこと言ってた？」
「違うよ。七夜さんはすごいんだなって」

　一時の休息時間。
　まるで下校途中の寄り道のような楽しい時間が、ゆったりと流れていた。

　一人って、なんて素晴らしいんだろう！
　心はやっとのことで真面目君から開放されたとばかりに、気分良く恐喝していた。

「荷物を見せれないだなんて怪しいわね……あなた、怪盗団の仲間じゃないの？」
「そんなわけないだろ！　何かの入り口ならともかく、どうしていきなり手荷物検査なんて」
「あなたが怪しそうだからに決まってるでしょ。まさか、危険物を持っているの？」

　怪盗騒ぎになり、どうにか寝返れないかとも思ったが、騒ぎが起きているからこそ、警察官の姿で押し通せることがある。『怪しげな物を持ち歩いていないか手荷物検査をする』という大義名分を振りかざして、相手を弄り倒すことだ。
　反論しなさそうな人を選べば、難癖をつけることだってできる。鬱憤もはらせて、何かあっても安全のために真面目に職務をしていたと言い逃れできる、なんと素晴らしい策だろうか。
　が、何人目かのターゲットは、気の弱そうな見た目に反して、意外と頑固だ。

「ちっ……じゃあ見逃してあげるわよ。今後は疑われないようにしなさい」
「散々人を疑っておいて、なんだよ！」

　激高した男は、大きく腕を振り上げる。
　心はぐっと歯を食いしばり、目をつぶって次に来る一打に備えた。
　読みを誤った自分に落ち度はあるものの、少し沸点が低すぎやしないかと毒づく。が、中々一撃は来ない。

「そうだな、弱い者いじめは見逃せないな」

　間に割って入っていたのは、黒いローブを身にまとった人物で、声色からすれば青年のようだ。

「あなた誰？　そんな怪しい格好で、ヒーロー気取りじゃないでしょうね」
「本当にヒーローだったなら良かっんだけど、ね」

　ポケットに忍ばせていた仮面を被り、口角にはやや笑みが浮かぶ。
　それは、正義のヒーローというよりも――
　眩しいくらいの白に、心は目を細めた。