逆襲の時｜リアクション

逆襲の時

　白いＴシャツの胸元には血が付いていた。重ね着した青いシャツにも赤い飛沫が見て取れる。
　鴻上彰尋は両腕と胴体をロープで縛られ、コンクリートの床に仰向けに倒れていた。苦痛の表情の末に瞼を開ける。自由になる足を使って上体を捻るようにして起こした。頬の切り傷が痛むのか。左目を不自然に細めた。
　自身の身体の状態を確かめるかのように小刻みに動かす。急に表情が険しくなった。コンクリートの床に目を走らせる。
　――襲われた時に台本を奪われたのか。俺のろっこんは封じられた。代わりとなる本は。
　自嘲気味に笑った。
　――ある訳ないか。そうなると俺にできることは囮になるくらいか。
　忙しなく目を動かす。斜め前にいた服部剛の全身が震えていた。相当な怒りを溜め込んでいるように見えた。呟きも聞こえる。脚を活かして近づいた。
「あと少しなんや……クソッ、時間があれば……」
　窮地の渦中にいながら彰尋は笑みを浮かべた。
　――こんな俺にもできることはある。
　捕らえられた者達を見ていく。声を殺して泣く子供がいた。怒りが表情に滲み出る。
「小さな子供にまで手を上げるなんてな！　情けない連中だ！　人間のクズ以下だぜ！」
「クズ以下に捕まる、お前は何なんだ？」
　指の関節を鳴らしながら言った。片方の口端を吊り上げた。覗いた犬歯が獰猛な狂犬を仄めかす。
「不意打ちで勝ったつもりになるな！　卑怯者が！　俺の両手が自由なら、今すぐにお前をブッ飛ばしてやるのによォ！」
「残念だな。代わりに俺がお前をブッ飛ばしてやるよ」
　黒服は即座に駆け出し、低い姿勢で横向きとなって蹴りを放つ。彰尋は後方に吹き飛んだ。コンクリートの床を転がって激しく咳き込んだ。近づいてくる黒服を睨み付ける。
「反抗的なガキは厳しく躾けないと」
　無防備な身体を黒服は容赦なく踏み付ける。彰尋は歯を食いしばって耐えた。目は失意に沈んでいない。一人の人物を見ていた。
　剛は縛られた両手首を顔の前に持ってきた。祈りにも似た感謝の姿であった。