【工業区（１）】

　がこん。がこん。がこん！
「……工場にアポなしで入るって、リスクありすぎですよね？」
　と、水上 桜は言いましたものの。
「うん。慎重にいこう」
「そうですね」
　恵御納 夏朝へそう返した桜の表情には、どちらかというと期待の色がありました。
　だってこんなふうに、縦横無尽に走るベルトコンベアがごうんごうん……プレス機ががしゃこんがしゃこん、溶鉱炉の落とし穴を飛び越えてぴょいん！
　なんてアスレチックコースみたいで、ちょっと楽しそうに思えちゃったりするのです。フツウ嫌いな桜も、奇々怪々で危険な異変あれこれに翻弄されるうちに、だいぶ染まってきてるのかもしれません。
　いっぽう夏朝は先輩であるがゆえにか、この工業区の走破へ挑むに当たっては、入念な準備と確認を怠りません。
「はい、これ」
　ぺたん、と桜の腕に張り付けたのは、ねこシール。ろっこんで重量を軽くすれば、いくらか障害を乗り越えやすくなることでしょう。
「これで、身軽になれるから」
「ありがとうございます。よーし、いきますか！」
「ＯＫ、とつげきデス！」
　しゅぱ！　ふたりを置いて真っ先に飛び出したのは、トワ・E・ライトフェロゥでした。どんどこ流れてくる金属のカタマリの合間を狙って、ベルトコンベアへぴょん！　遅れて夏朝と桜も、コンベアへと乗り込みます。

「それじゃ、いくよー！」
　コンベア・ロードは複雑に入り組んでいて、油断すると迷ってしまいそうですけれど、
「だいじょーぶ！　きっと目印になるなにかがあると思うマス」
　と、トワは自信タップリにそう言いました。
　その根拠を尋ねてみますと、得意げに胸を張りまして。
「ナーゼーナーラー！　トワがコノ道をとおるのは、スデに三回目だからデス！」
「い、いつの間に……！？」
　自分が迷うのだから、この工場を動かしていたねこたちだって迷うはず。ならば、なんらかの目印なりを残しているはずだ！　という論法のようですけれど、トワの行動力と迷子力（？）は尋常のものではないので、いまひとつアテにはならないかもしれません。
「っ、プレス機だ……！　ふたりとも、気を付けて！」
　夏朝が指差す先には確かに、がしょん、がしょんと一定のリズムを刻みながら降ってくる、でっかいプレス成形機が三つ。タイミングを見計らってとおり抜けなければ、あっという間にぺしゃんこです。
　まずはずいと夏朝が前に出て、チャンスを見定めます。
「……今だ！」
　さっ！　っととおり抜けた直後に、がしょん！　がしょん！　がしょん！　お見事です。
　続いては桜が挑戦。
「１、２、３。１、２、３……ここだわ！」
　夏朝のねこシールの効果もあって、身軽にひょいひょい。難なくプレス機をかわし、向こう側へとおり抜けてみせました。
　最後はトワが気合十分に、
「らくしょーデス！」
　夏朝と桜が見守る中……まずはひとつめをひょいっ、がしょん。ふたつめをくるり、がしょん！　みっつめを、
「あっ」
　こてん！　転びました。
「「！？」」
　真上からぐおーっと迫るプレス機！　夏朝とトワの顔がサーッと青くなりました。あわれトワは、ぺっちゃんこのペラッペラに……！
　という、その直前に。
「「てーーーい！！」」
　夏朝がトワめがけ、ねこシールを射出！　すかさず桜が飛び込んで、夏朝のろっこんで軽くなったトワの手をつかむと、プレス機の下からぐいっと引っ張り出しました。がしゃーん！　間一髪！
「safe！」
「あ、あぶなかった……」
　油断は禁物であります。ともあれ、ほうーっとひと息。
　次なる関門、塗料噴霧機はものスゴイ勢いであったものの、夏朝の持っていた折り畳み傘を全員で支えることでなんとか突破。
　ぽっかり口を開けた溶鉱炉落とし穴には、トワが落っこちかけて再び大ピンチに陥ったものの、夏朝のねこシール射出からの、桜ダイビングキャッチ！　ともはや職人芸のようなファインプレーの連続により、どうにか切り抜けることができました。
「……これ、本当にこんな道とおらなきゃ、奥にいけないのかしら……？　ほかにもうちょっと道があったんじゃ」
　と、桜はごもっともな疑問を思わず漏らします。実にごもっともであります。
　けれどトワは胸を張り、言うのでした。
「フツウの道を進むのは、ほかのヒトがやってくれマス。トワは野を超え山を越え、ミチの場所をトウハする冒険の醍醐味をタンノーするのデス！」
　まーその結果、彼女はまだまだ人生これからという小学５年生の身空にあって、危機的状況というやつを幾度も経験してきたわけですけれど。
「うん……そうだね。ふつうの道じゃ、見つけられない答えもあると思うから……」
「ですね。まあ、言ってみただけですから」
　夏朝の言葉に、桜はうなずきます。ぼやきのようなつぶやきの反面、その顔は明るくて、どう見てもやる気満タンです。
　なんだかんだで、楽しんでいるのでした。



「工場萌えなフォロワーさんもいるのですー。撮っとくのですー」
　と、ゼロ・シーアールシーはゆったりベルトコンベアに揺られながら、謎スマホでぱしゃぱしゃり。のんびりマイペースに工場見学を楽しんでおります。
　ごうんごうんとコンベアに乗って進んでいきますと……ああっ、前方からプレス機三連発が接近！
「今も機械が動いてるなんて、すごいのですー」
　などと気の抜けたコメントをのたまいつつも、頭上からはプレス機がゼロを押し潰そうと降りてきます。いきなりピーンチ！
「この工場は、いったいなにを作ってるのですー？」
　ひょい、とコンベアの脇へ身を乗り出し、がしゃこんと落ちてきたプレス機を避けました。
　続くふたつめ、三つめも、
「おさかなさん、お仕事頑張ってくださいですー」
　コンベアを動かす小さな魚たちの水槽に駆け寄っては、ひらり。
「ちょっと眠くなってきたのですー」
　ころんと寝転がっては、ひらり。
　偶然かはたまた狙ってやってるのか、ゼロはぺしゃんこになることも落っこちることもなく、あくまでまったりとコンベアに揺られていくのでした。
「あっ。ねこさんなのですー」
　はたと気づくと、ベルトコンベアの流れは一度途切れて、ひと休み。
　数メートル四方の四角い空間には、夏朝と桜、トワの姿もありました。
　彼女たちが一心に覗き込んでいるのは、ねこのまぼろしです。
「かわいいのですー」
「うんうん。かわいいデス！」
　ひょっこり顔を覗かせたゼロに、トワもこくこくと同意。夏朝も桜も並んで、まぼろしのねこたちを見守ります。

『ところで、この部品ってなにを作ってるんニャ？』
『さあ？　知らないニャァ』

　こくりと首を傾けたのは、作業着のようなものを着込んだ、ちょっとコワもての屈強なねこたちです。
　この工場で肉体労働をしているのか、あるいはお魚たちを監督する立場でしょうか。ともかく、工場で働く労働猫であるようです。

『まあ、ニャんでもいいニャろ？　王さまの考える技術に間違いはニャい！』
『そーニャ。おかげでネコトピアは、こんニャに便利でいいトコニャんだし』
『これを作ればお金がもらえてごはんが食べられるんニャから、それだけで文句なしニャ』

　夏朝は、ふむっとうなずきます。
「この街のいろいろなものは、ネコトピアの王さまが作ったんだね」
「水槽と水道を街中につなげて、魚を利用する技術……のことかしら？」
　桜もねこたちの話には興味津々です。
　そのうち、まぼろしねこたちの交わす会話の中へ、気になるワードが飛び出しました。

『王さまが編み出した＜おさかなサイエンス＞があれば、ネコトピアは安泰ニャァ！』
『うんニャ、うんニャ！』

「……『おさかなサイエンス』……！」
　どうやらそれが、ネコトピアを今も動かし続けている、魚を活用した様々な技術の総称であるようです。
　そのなんとも……こう、ちょっぴり気の抜けた響きには、みんなも思わず顔を見合わせてしまいました。