【宰相ルフィの企み】

　ぴんぽんぱんぽーん！
　その唐突な放送は、ネコトピアの全域へと響き渡りました。
『こちらはネコトピア王室宰相のルフィです。観光中の人類の皆さまへ。重要なお知らせがありますので、王宮のほうへお集まりください。繰り返します……』
　伝声管めいたスピーカーから響いた透きとおる声に、工業区や居住区を探検中のみんなは、はっとして顔を上げました。
　この人も。
「住人がいたのです？　謎茶と謎団子でお近づきになるのですー」



　というわけで、ゼロ・シーアールシーが王宮のてっぺんにある玉座の間へゆらゆらゆらりとやってきた頃、そこにはみんなの姿がずらり勢ぞろいしておりました。
「あれれ、レオさんがいないのです？」
　まあ、約一匹はどこの区画を冒険しているやら、少々遅れているようでしたけれど。
『海中都市ネコトピアへようこそ、人類の皆さま』
「わあ、しゃべるイルカさんなのです。かわいいのですー」
　動く水槽でくるりんと身を翻すイルカを見つけて、ゼロの瞳はぱーっと輝きました。
「お近づきの印に、謎団子とお茶をどうぞなのですー」
『ああ、えーと。ありがとうございます。ありがたいんですけど、私はそういったものは食べないもので。お気持ちだけいただきますね。申し訳ありませんが、お連れさんに差し上げてください』
　ゼロは仕方なく集まったみんなへそれを勧めましたけれど、うっ、と半歩引いて受け取ってもらえませんでした。残念。
　御剣 刀が前へ一歩出て、ちゃぷんと揺れる水槽を見据えて言いました。
「さて。まあレオはまだだが、人間の客はこれで揃ったぞ。話を聞かせてもらえるか？」


　イルカはついと頭を下げてうなずき、再び口を開きます。
　その声は直接発せられたものではなくて、どうやらなんらかの方法で機械を介し、スピーカーを通じて発信されているようです。声質はやわらかく、中性的ではあるものの、どちらかというと女性のそれに聞こえました。
『では、あらためまして。私はネコトピア王室の宰相を務めております、ルフィです。お見知りおきを』
　こじゃれた紳士のように、器用にヒレを使って優雅な一礼をしてみせた、イルカのルフィ。
　今のところ、この街では唯一の会話が可能な住人ということになります。
　イルカは頭がいいお魚……というか哺乳類ですけれど、いくらなんでもしゃべれるイルカは見たことがありません。みんなは目をぱちくり、思わずまじまじと愛らしい顔を見つめました。
「ん？　建国記に登場した名前だな。あれは昔のことだと思っていたが……」
　八神 修がふと、そんな疑問を口にすると、
『私の家系は、代々ネコトピアで宰相を務めてきました。私はその末裔なのですよ』
「ふむ。なるほど……？」
　腕組み、修はなにやら考え込む仕草。まだ納得は行かないものの、ひとまず話を聞いてみることにしたようです。
『ところで人類の皆さまは、クジラバスでこちらに？　あれらの路線はまだ生きているのですね。良かった』
「あ、あのー」
　ルフィは水槽が乗っかっている台座をくるくると動かしたりしつつ、話を続けようとしましたけれど。そこへ控え目に手を上げたのは、椿 美咲紀です。
　特に質問タイムを設けられたわけではありませんけれど、とにかくまずは、尋ねずにはいられませんでした。
「ねこだい文明は……ネコトピアは、どうして滅んでしまったのです？」
「そうだよね。ここは、ねこさんたちの楽園だったんだよね……？」
「ここで暮らしていたにゃんこたちは、どこへ行ってしまったんですか？　ネコトピアなのに、にゃんこがいないなんて……」
　恵御納 夏朝と綾辻 綾花が、すかさずそこへ乗っかります。ことに猫好きにゃんこマニアなふたりのこと、その表情はまったくもって真剣です。
　人間たちの真剣な顔に、イルカはからからと笑います。
『ねこだい文明？　あはは、人類はそのように呼んでいるのですか。面白いですね』
　一見可愛らしいイルカの、宰相ルフィ。
　けれどその反応は、どこかみんなの不安をあおりました。
『ネコトピアが滅びた、ですって？　そんな馬鹿な。ごらんなさい、我が都市は今も動き続けています。ああ、美しきねことさかなの楽園、偉大なるネコトピア！』
「……？　でも、ねこたちはいないじゃん。街だけが動いてるって、なんかおかしくない？」
　大仰に両ヒレを掲げてみせたルフィに、桜庭 円は首を傾げます。
　ブリジット・アーチャーが投げかけた問いこそが、核心でした。
「かつてここに住んでいたはずのねこたちは、なぜいなくなってしまったの？」
　イルカのルフィは、尾ビレをふりふり。しばし言葉を呑みこんだまま、水槽の中を揺れていました。
　けれどそのうち、
『彼らは分かっていなかったんですよ』
　少しだけ低い声で、言いました。
『あれだけここは良い街だ、素晴らしい都市だと言っていたのに。ねこたちはいつしか、認めようとしなくなったのです。ネコトピアの素晴らしさを。私たちが……代々の宰相とネコトピア王が苦心して、苦悩して、ようやくにして作り上げてきたこの都市を。楽園を！』
「楽園……」
『ある時から、彼らの中に、ネコトピアを出て行こうという思想が生まれ始めました。ここには本当の太陽が無い……なんて、理解しがたい理由をでっち上げてね。どうかしてます。ネコトピアはこんなにも美しく優れた都市だというのに』
　宰相にとって、ネコトピアは無償の愛を注ぎ込むべき、まさしく楽園であるようです。その愛着や思い入れようときたら相当なもので、その声からは、いなくなってしまったねこたちへの怒りすらも垣間見えました。
『愚かなことです。ネコトピア以上に素晴らしい場所なんてあるわけがないのに』
　そんなイルカの言葉に、水上 桜は、はたと気づきます。
「もしかして……工場の奥で見た、あのロボットって」
「マサカー、ロボットでねこたちをやっつけたデス！？」
　トワ・E・ライトフェロゥも眉を吊り上げ、多分に非難の響きを帯びた声を上げました。
　イルカは水槽の中、くるり。
『あはは。ここはねことさかなたちのための街ですよ？　そんなことはしませんよ。ちょっとばかりね、説得を試みただけです。でもまあ、結局、ねこたちはここを離れてしまいましたが』
　自嘲気味に告げたルフィ。イルカなので、表情は分かりません。しゃべるイルカが胸の奥でなにを考えているのかは、読み取れません。
　けれどその声色にはどこか、不穏なものを感じずにはいられません。その証明か、刀などはまだ警戒を解いてはおらず、周囲に鋭い視線を投げかけ続けています。

「はいっ、しつもん！」
　おもむろに、ぴ！　と手を上げたのは、源 竜世です。彼は不思議そうな顔を浮かべて、
「じゃあさ、王さまは？　オレ、王さまに会いてーなー」
「竜世。それは無理というものだろう」
　タイラ・トラントゥールも、どこか警戒するそぶり。もっとも彼の場合は、また竜世が勢いのままに暴走してどこかへ飛んでいってしまわないか、いつも気を張っているからでもありましたけれど。
「あちこち見て回ったが、結局一匹のねこすら見つけることはできなかった。玉座の間すら空っぽだ。ネコトピア王もまた、ここを出ていってしまったんだろう」
『……うふふ』
　イルカの表情は分からなくとも、ルフィが笑っていることは分かります。
　含み笑いを浮かべ、ルフィはゆっくりとその場のみんなを見回して、
『そう。今のネコトピアに、王は不在です。もうずいぶんと長い間、玉座は空位となっているのです……けれど、それも今日までのこと』
　両のヒレを、がば！　と広げて。仰々しく、芝居がかって告げました。
『永き時を経て、ついに王は、ネコトピアへと戻られたのです！』
　こつ、こつ、こつと軽快な足音。
　ルフィがヒレで示したほうへ、みんなが一斉に目を向けますと。
「明日は～、明日のォ～、風が吹く～ニャァ～ン♪　んニャ？　やあ、みニャさんお揃いで！」
　空気も読まず、鼻歌まじりにやってきたご機嫌な旅ねこへ、ルフィはうやうやしく頭を下げます。
「うおっニャ、イルカがお辞儀したニャ！　この街のおさかなは、みんな頭がいいんニャァ」
　そうしてイルカは、嬉しそうに言ったのでした。

『お帰りを心待ちにしておりました。あなたこそ、ネコトピア王……レオーネ・オブリヴィオン・デ・ネコトピアさま！』
「……はニャ？」

　ぽかーん。
　口を開けて呆けてしまったのは、レオだけではありません。みんなもそろって、ぽっかーん！
「「「……えええーーー！？」」」
　水戸 健吾は、ちょっぴり興奮気味に、
「レオが王さまだったの！？　すごいよ！　でも、どうして教えてくれなかったの？」
「そのことも、忘れちゃってたとか？　というか、本当の本当に？」
　白 真白は信じられないのか、かくんと首を傾けます。
「ほらー！！　ボク言ったじゃーん！！　レオが王族なんじゃないかってー！！」
　円だけは、予想がピタリで得意げだったりしましたけれど。
「？？？　オレが、おーさま？　いやいや、そんニャアホニャ。ニャんの冗談ニャ……？」
　旅ねこレオが、ネコトピア王！　どういうことなのでしょうか？
　本人も飲みこめない様子でぽかーん、なままのレオをよそに。ルフィは、静かに笑います。
『うふふ。ネコトピア王が戻られた。これで、ついに、いよいよ！　あの計画を、実行に移すことができる……』
「……計画？」
　こんな時でもクールな朝鳥 さゆるが耳ざとくその言葉を聞きつけて、すう、と目を細めます。
「なんの計画かしら。聞かせてもらいたいものね」
『うふふふ。真のネコトピアが、かつて栄華を極めた海中都市ネコトピアが、今こそ戻ってくるのです』
　宰相ルフィは、もはやアヤシイそぶりを隠すつもりもなく、くつくつと笑い、
『ねことさかなの楽園、それがネコトピア。都市のあるべき姿を、今こそ取り戻す時！　そう！』
　そして、宣言したのでした。

『世界中の全ての＜ねこ＞と＜猫＞を、ネコトピアへと連れてくるのです！　なんならかなり強制的に、ね！』

＜つづく！＞