かわいい探し｜リアクション

かわいい探し

　空は底なしの青に包まれた。太陽は白く燃えて大気を僅かに揺らめかせる。
　星ヶ丘寮の邸宅の庭に木製のビーチチェアが置かれた。樹木が大きなパラソルの役目を果たす。傍らには丸いテーブルがあり、冷えた飲み物がグラスに注がれていた。
　八神修は青いアロハシャツに白いスラックスを穿いた姿で現れた。ビーチチェアに横なると小説の文庫本を片手に持って読み始めた。
　時に吹く潮風が前髪を揺らした。気にすることなく静かに頁を捲った。
　空いた手がテーブルに伸びる。グラスに届く前に柔らかい物に阻止された。
「……なんだ？」
　目をやると緑色の丸い物体、ゼリンが脇腹の辺りを指で突かれた状態になっていて、ぷきゅ～、とくすぐったそうな声を上げた。目当てのグラスは別のゼリンが口に咥えてラッパ飲み状態となっていた。
　修は上体を起こして周りを見る。庭の至るところに色とりどりのゼリンがいた。
「なんだ、おまえ達、また地上に戻ってきたのか？」
　好き勝手に振る舞っていたゼリンが一斉に修の方を見た。
「ぷにょー！」
「ぴきゅ～」
「ぴゅー！」
　鳴きながら集まってくる。一番乗りを果たしたゼリンが修の太腿に落ち着いた。更に上に重なる。三段となって崩れた。その上に別のゼリンが覆い被さる。
「そんなに慌てなくても、俺は逃げないよ」
　揉みくちゃにされながらも修は押し掛けてきたゼリン達に平等に接する。差し出された頭を優しく撫でていく。
「そんなに元気だと、またお腹が空くよね。お菓子を持ってきて……」
　ゼリン達の期待するような目が修に集中する。愛らしくプルプルと震え出す。
「来られないじゃないかー」
　笑顔でゼリン達を抱き締めた。注がれる愛情を独占しようと丸っこい身体で押し合いが始まる。中心にいた修はやはり揉みくちゃにされた。
　数分後、乱れた髪を手で整える。修は照れ笑いで立ち上がった。
「今度こそ、お菓子を持ってくるから。何が良いかな」
「そこにいるゼリーを食べればいいの」
　感情の籠らない声が耳元で聞こえた。修は腰が引けた状態で振り向いた。
　おかっぱの女の子が平然と立っている。水色の着物にはのんびりとした様子の金魚が描かれていた。
「メリーさん、ゼリンは食べ物じゃないよ。それより、いつからそこに？」
「伸び切った鼻筋で嬉しそうに戯れている時から見ていたの」
「仕方ないじゃないか。ゼリンは見た目が可愛いし。あ、もちろんメリーさんも可愛いよ」
　女の子はなだらかな胸を手で覆った。
「あたしのナイスバディが狙われているの。抱き締められて胸に頬擦りされるの」
「考えたこともないよ。社会的に抹殺される前にお菓子で買収しようかな」
「甘い誘いに乗ってあげるの」
「お菓子だけにね」
　修は笑って邸宅の中に入っていった。
　入れ代わるようにして使用人達が現れた。庭の中央にテーブルを運び出す。次々と繋ぎ合わせた。その上からテーブルクロスを敷き詰めれば茶会に相応しい舞台が出来上がる。
　甘い香りを漂わせる各種の洋菓子がテーブル上に並べられた。
　修が戻ってきた。
「ゼリン達がいるから今日は立食の形式にしたよ。メリーさん、アイスティーをどうぞ」
「ありがとうなの」
　女の子は細長いグラスを受け取った。ゼリン達はテーブルを席に見立てて、すでに食べ始めていた。
「今日は賑やかだね」
「たまには悪くないの」
　女の子はグラスを持ったまま、手前の焼き菓子を摘まんで口に入れた。
　その近くでは緑色のゼリンがシュークリームを一口にする。にこやかな顔で味を楽しんでいるようだった。
　女の子はグラスの中身を飲み干した。瞬きをしないでゼリンを見詰める。
「ゼリンという名のゼリーが、とても美味しそうに見えるの」
「ゼリンは食べ物じゃないよ、たぶん」
　修は笑いながらクロッカンに手を伸ばす。
「残念なの」
　拗ねたような顔の女の子を見て修は噴き出しそうになった。

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