黒い指先　――三つ目の願い――｜リアクション

黒い指先　――三つ目の願い――

●私の光

　何はなくとも、まず偵察しようと【黄色いピヨコ】でカナリアに姿を変えた桜井ラッセルは、飛び交う瓦礫を必死に飛び回って避けていた。
『ピチュイ！（なんか、エライ事に……）』
　駆けつけたアネモネ・アドニスは逆巻天野と約束したゴロー誘導を試みようとするが、方法について全く考えていなかったため、この状況の中どう動いていいのかわからなかった。
　いたずらに前に出れば、負傷するだけだろう。
「どうしましょう……」
　オロオロと戸惑う彼女の横で、雪見大福は再び、ほとんど形になる事のない未央の言葉に、心の声に、神経を研ぎ澄ませた。

　――ねえ、ルクス。君を殺した三下ゴローがいるよ。復讐をしたいと、思う？

　問われたルクスは、かつて叱られた時によくそうしていたように、ばつが悪そうに、そして少し申し訳なさそうに頭を垂れて、上目遣いに未央を見た。

　――そう、ごめんね……僕の勘違いだ。

　“ザ・ストレイト”――風雲児轟は、成り行きを見守っていた。
　その轟の視線の先で、未央は細く息を整えると、ベルトに差していた改造釘打機を一気に引き抜いた。
「！！？」
　慌てて轟は止めようとするが、もう遅い。
　未央は前に出る。呆気に取られる面々の前で、手にした釘打機を横合いから、思い切りゴローに投げつけた。

「痛ぇ！　……てめぇは！！」
　ゴローに浮かんだ驚愕は、未央を目にした途端、憤怒に変わる。

　未央は僅かに笑って、皆に頭を下げた。そしてゴローに背中を向けて走り去る。

　――すみません、後はお任せします。

「聞けお前ら、アイツを殺せ！」

　激情のまま未央を指差したゴロー。
　幽霊達が、未央を追う。

　だがそれは、ゴローを守る存在が無くなるという事。

　失策に気付いた時には遅かった。願いを上書きし直そうとゴローは口を開くが、虎視眈々狙っていた八神修がライフル型のエアガンをゴローの目に命中させて、貴重な隙を作る。
「今だ、奴を抑えろ！　口を塞げ、気絶させろ。願わせるな！！」

　それを機に間合いを詰めた轟が、鳩尾に右拳を突き入れ、ゴローが噎せ返る。
「お前には、罪を償わせる。だけどそれは死ぬ事じゃない。そんなの贖罪と断じて言わせない！」

　ジニーの【蜘蛛の糸（スパイダー・チェイン）】は、指先から細い鋼糸を射出してゴローの首に巻きつき、締め上げる。そして絞首刑に見立て、梁に掛けて吊るし上げた。そこに一切の情は存在しない。
「このマヌケが……」
　煙草を咥えたままの唇を歪め、ジニーは哂う。

　極めつけに、エレノアの接着剤がゴローの口を、開けないよう接着した。

　幽霊達をひきつけた未央の体は、とっくに限界を迎えていた。
　階段で転倒し、落ちた衝撃を最後に未央の意識は暗転する。

「おい、立て！　逃げるんだ」
　幸い幽霊は移動速度が速くない。心配してやって来た篠崎響也は、すぐさま未央を助け起こす。
「くっ……」
　どうにか抱えたまま前に進もうとするが、人一人を抱えての移動は容易なことではない。
「このままじゃ追いつかれる……！」
　かと言って、こんなの見たら置いては行けない。苦戦する響也に、ピンチの声を聞き取った雪見大福と、人の姿に戻った桜井ラッセルが手を貸した。
「手伝う」
「逆巻が陣を作って待ってる、そこまで行くぞ！」
「あ、ああ！」

「逆巻！！　頼んだ！」
　戻ってきたラッセルに、逆巻天野は頷く。未央を横向きに陣に寝かせると、飛んできた瓦礫を、極限まで集中して視界に収め、魔方陣への侵入を許さない。これ以上のダメージを、未央は耐えられないだろう。
「このテリトリーには、入らせない！」

　だがポルターガイストを防いだだけでは、根本的な解決にはならない。
　響也は見えない幽霊達に向かって、懸命に説得を重ねた。
「思い出せ、本当の自分を。悪い夢は、もう終わりだ！」

「おいたは駄目なのだ！」
　駆けつけた李小麗も風船の破裂音で、応戦する。

　しばらくし、ポルターガイストは収束していた。

　黒依アリーセは、魔方陣内で倒れる未央に、自分の役目を果たす。
　幸運をもたらすシンボル、七芒星とヤドリギに口付けると、彼女は自らの血の一雫に癒しの力を願い、想いを籠めて清らかに歌う。

　差し出した指先　触れた頬愛しく
　笑い掛けて明かさぬ　胸に秘めた誓い

　染まりゆく指先　触れるのを躊躇う
　伝わるのが怖くて　悲しすぎる想い

　その黒い指先　見せる事出来ずに
　落ちる雫に映る　只一つの願い
　最初から気付いてた　只一つの願い