ラーメン食べりゃあ虹も出るのさ｜リアクション

ラーメン食べりゃあ虹も出るのさ

「あら、こんなところに屋台があったのね」
　三折部朝衣は軽く自転車で流した後、普段は見かけないラーメン屋台を発見した。
「座れるかしら？」
　そこには冴えない４０がらみのオッサンが座っていた。他にも何人か客がいるようだが、不思議と立ち込める湯気のせいか顔は見えない。
「醤油ラーメンひとつ」
　注文した朝衣は、そもそもこの店にはメニューがないことに気付く。屋台という性格もあってか、出せるラーメンに限りがあるのだろう。
「あー、お腹すいた」
　そこに、羽生碧南がのれんをくぐってやってきた。先客も意に介さずパイプ椅子に座ってラーメンを注文する。店主は黙々と注文を受けて調理を開始した。
「……」
　その様子を見て、朝衣の脳裏にちょっとした疑問が湧く。屋台の小ささに反して、現在この店にはずいぶんと客が入っているような感覚がある。だが自分が知覚できるのはあくまでカウンターと自分の両隣の客ぐらいだ。
「……どういうことかしら」
　だが、その思考も後からやって来た碧南が先客のオッサンに話しかけたことで中断された。
「あ、探偵さん。お久しぶりです」
　４０がらみのオッサンとは天利二十のことである。話しかけられた天利は碧南の顔を横目でちらりと見ると、そっけなく挨拶をした。
「よぉ……夢で会ったな」
　ふたりが顔を合わせたのは、こことは違う切り離された世界での出来事である。事情を知らない朝衣にはその挨拶は不可思議なものに聞こえたかも知れないが、まぁ知り合いのようだし、気障な挨拶の一種なのかも知れないと思って特別気にもとめなかった。そのまま、碧南と天利の会話が勝手に耳に入ってくる。
「……夢、だったんですかね？」
「さあな」
「今日は何してるんですか？」
「ラーメン喰ってる」
「……見れば分かりますよ」
「それ以上のことはしていない。今日はオフなのさ……そっちの姉ちゃんはどっかで見たことあるな……ああそうだ、市役所だ」
　オッサンと女子高生との会話に思ったよりも聞き入っていたのだろうか、天利が朝衣に話しかけてきた。
「あらごめんなさい。聞き耳を立てていたわけではないのだけれど」
　朝衣は市役所勤務だ。勤務時間外ではあるけれど、それなりの物腰で応対しなければならない。
「いや別に。ちょっと見覚えがあっただけだから……こっちこそすまねぇな」
　市役所勤務ではある朝衣だが、受付などではないのでそんなに顔が売れているわけではない。天利はたまたま何度か市役所に出入りするうち、勤務中の朝衣を見かけたことがあるのだろう。
「いえ、こちらこそ……あ、ラーメン来たわよ」
　朝衣と碧南のラーメンが同時に差し出される。どちらもオーソドックスな醤油ラーメン。薄めのチャーシューとメンマとなると、海苔と煮卵の、いわゆる『普通』のラーメンだ。
「わー、おなかぺっこぺこ、いただきまーっす」
　碧南が元気良く割り箸を割ると、ぺきんと小気味良い音が響いた。
「……おいしい」
　スープと細麺を口に含んだ朝衣は思わず感想を漏らした。
「そうだろう……ここは何でも幻のラーメンらしいからな」
　別に自分の手柄でもあるまいに、天利は何故か自慢げな表情だ。
「ほんと、おいしいー。普通のラーメンなのに……なんかこう、懐かしいような……」
　碧南が食べながら遠くを見るような目をする。それを見て朝衣も自分の中の記憶を揺さぶられるような気持ちになった。
「そうねえ……いわゆる昭和のラーメン、よね。何だかホッとするわ。確かに懐かしいような」
　天利は軽く笑いながら口を挟む。
「ははは、学生さんに姉ちゃんじゃ生まれてねぇだろ、昭和のラーメンじゃあよ」
　確かにそうだ。高校生の碧南と２０歳の朝衣では実際に昭和のラーメンを体感したことはない筈なのである。
　天利は続けた。
「ああ……そうだな。ラーメンてのは人生そのものだからよ。喰ったことがなくても懐かしさを感じるものなのかもな」
「？」
「？」
　話の飛躍にふたりはついてこられていない。それでも天利は続ける。
「一期一会なのさ。それでも人は出会ったラーメンの事は忘れないもの……」
「えーと……それって……」
　碧南は何とかついていこうとする。
「……忘れたと思っていても、時代や世代を超えて受け継がれていく……」
　無理だった。
「喰ったことがないラーメンを懐かしく感じることも、当然かも知れねぇな」
　まるで分からない、という顔のふたりを置いてけぼりにして、天利の話は続く。碧南と朝衣は何かを諦め気味に、ふたりでラーメンを堪能するのだった。

　まぁ、それでもラーメンは充分においしかったけれど。

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