仮のちぎりを　いかで結ばん｜リアクション

仮のちぎりを　いかで結ばん

「ん、チョーさん？　ごめんごめん、今椅子どけっから……さ……」
外をのぞき込んだ握利平の顔色が変わる。ふひゃぁ、というような声にならない声を発して、ドアを押さえようとした。が、それが無意味なことに気づいて、手を離す。ドアが開いて姿を現したのは、雨宮草太郎校長だった。

「こ、校長先生……！」
「チャオ♪　諸君」
のほほんと笑う姿。上機嫌にサスペンダーをぱちんと鳴らしてみせるが、対照的に生徒たちの間には絶望めいた空気が流れる。秘密裏に行うはずの会議が、いちばんばれてはいけないはずの相手にばれてしまったのだ。
「用務員室預かりのカラスのことが気になってね。私にも噂は届いているよ」
校長先生は思わず立ち上がったせいでいちばん目立つマウル・赤城・スティックに声をかけた。
「赤城くん。ケガをした野鳥ってこの鳥かな？」
「は、はい」
「君たちは鳥が心配で、集まって相談をしていたんだね？」
「そうです」
「で、どこ？　骨折かな？」
ちぎりに近寄ろうとする校長先生を阻止すべく、屋敷野梢と神野美野梨の生物部女子が立ち上がる。
「ええそうなんです！　骨が！」
「両方の翼をケガしています！　触るとすごく痛がるので！」
その後ろからは、用務員の長南武治が申し訳なさそうな顔をしてやってきた。生徒と同じ気持ちでいるのだろう。校長先生は武治に向き合った。
「長南さんは、このカラスについて県に問い合わせをしたんだよね？」
「ええ、はい」
「どうだった？」
「保護は、認められないと……」
武治のしわ深い顔に、さらに苦悩のしわが刻まれる。校長先生は次に生徒たちに向き直った。
「君たちは、野鳥を『本当は』どうすべきか知っているんだね？」
あるものは力強く、あるものはしぶしぶとうなずく。だが、それ以上の思いがあることを言葉で示した。
「でも、苦しんでいるのを放ってはおけません」
「お役所の言うとおり、山に捨てて放置なんてできません！」
「なんとか治して野生に戻してやるまでの手伝いをしたいんです」
「僕たちが必ず、治療法を見つけます」

「うん、なるほど。よくわかったよ」
雨宮草太郎校長先生は一つ、しっかりとうなずいた。
「日月先生。ケガをしたカラスの保護は、最終的には先生のところでということでよろしいですか？」
透は承諾する。
「それじゃあね、この鳥が今以上に体調が悪化するならば、『たちもり動物病院』に連れて行くこと。最終的な判断は先生にお任せすること。これは守ってもらいたい」
生徒たちは神妙にうなずく。
「それから、校舎の中、いまいる用務員室も含めてだね。……ここに置いておけるのは今週いっぱいと言うのは変えられない。そこは理解してくれるかな？」
またもう一度、みんなは大きくうなずいた。
白ひげの顔いっぱいに広がる、いたずらっぽい笑み。言葉にそぐわぬ表情に、不思議に思いながらその場にいる者はそろって校長先生を見つめた。
「野生に返す目的で、保護を行っている。何か言われたらそう返事をしておくよ。ベストを尽くしなさい」
最後に暖かい、恵み深い微笑を残して校長先生は去って行った。ぱたんと扉が閉じると、会議出席者たちはみなそろってほっとした表情をする。