仮のちぎりを　いかで結ばん｜リアクション

仮のちぎりを　いかで結ばん

　一週間の立ち退き期限内に、ちぎりに自然治癒はない。ならば――。
日を違えて、再び夕方の用務員室に集まったもれいびたちがいた。雨宮草太郎校長先生も、用務員の長南武治も、すべてを生徒たちに託し、ここにはいない。彼らはおとなの領域で十分に協力してくれた。

神魂の影響を物理的に除こうとする案と、それぞれのろっこんの力を組み合わせて行おうとする案。前者はちぎりの肉体的負担が大きく、後者は成功する保証がない。ならば半分ずつ行ってはどうか。羽を抜き、影響する範囲を狭めた上でろっこんを使えば、悲願が達成できるかもしれなかった。

　日月透と御剣刀、大天使天吏は、横たわるちぎりを見る。クッションの上に清潔な布が敷かれ、タオルに覆われていた羽は包帯で巻かれている。この日ちぎりは『たちもり動物病院』で処置を受けた。両の翼のどこから水が湧くかを綿密に調べた上で、原因となる部分の羽毛を半分取り除いたのだ。麻酔の効果で、ちぎりは眠っている。血と、だいぶ量は少なくなっていたけれど、流れ出す水が包帯に点々と染みを作っていた。痛々しい姿を見ても、もう天吏は涙を流さない。
（……いちばん辛いのは自分じゃない。あの子だもの）
「容態が悪化したら、私の能力も使います」
そう透は言ったが、彼の『ラファエルの手』は自分の生命エネルギーとの引き換えだ。唯一、医療行為が行える彼が倒れてしまっては万一の場合に対処できない。不安の残る選択肢だった。
後ろでじっとしていた赤い髪の少女が前に出る。その少女、緋紅朱赫乃の髪と同じぐらい赤い、見事な大輪の現代バラが眠るちぎりの翼にそっと当てられる。赫乃が自分の薔薇園で大切に育ててきたバラの花は、『命の焔（ヒーリング・ファイア）』となって燃え上がり、一瞬の後に枯れた。
「あの、治し、ました……」
品評会に出せそうなほどに、美しい花。赫乃はそれを惜しげもなく差し出した。ちぎりの翼からこぼれ出るのは水だけになる。
「ありがとうございます。早く血が止まれば、それだけ負担も軽くなる」
同種の力の、異なる方法による発現。驚きと大きな興味、そして何より最大の感謝をもって、透は赫乃に言葉をかけた。傍らの刀も、よくやったとうなずく。恥ずかしげに下を向く赫乃に、すいと天吏が近づいた。
「あ、せん、ぱい……」
「……これでちぎりの重荷は、半分になったわ。……ありがとう」
はい、と小さく答えて。
彼らは『その時』が来るのを待つ。

　氷雨潤一と御巫時子もその場にいた。鳥と直接会話が可能な時子と、偽りない心の内を知るすべを持つ潤一。言葉を持たないはずのちぎりの本心を知ることができる者として、協力を惜しまなかった。傷の癒えたちぎりが目を覚ましたら、二人はちぎりとのコミュニケーションを開始する。

　猫村翡翠は彼らの計画を見守るため、この場に立ち会っていた。自分の力ではちぎりを癒せないけれど、せめて見届けたい。友人たちだけに背負わせて、知らないふりなんてできなかった。二年生の霧切翠子もこの場に立ち会う。もし、この『作戦』が実を結ばなかったなら。翠子は身を挺して『バジリカ』を使うつもりでいた。非日常を消し、押し出す。ろっこんの中でももっとも特殊な力のひとつ。
（ちーちゃんの生活や、夢を守ってあげたい。みんなと同じ、私だってそう祈ってるわ）

　八神修は翡翠の隣に無言のまま立つ。視線の先にはこれから始まる『作戦』を担う片翼が、まさにその準備に心血を注いでいた。
「頼むぞ……逆巻」
　名を呼ばれた少年からは答えはない。逆巻天野の額には汗がにじんでいた。万が一にも、この汗が流れ出して、床を汚すことがないように細心の注意を払う。天野は持てる集中力の限りを注いで、チョークの魔法陣を描く。もうかなりの時間が経過していた。陣の構成にはその時、その対象、その目的によってそれぞれ違った要素が加わる。彼の作業は、フリーハンドで精密製図を行うような緻密さの求められるものであったのだ。
（キャベツ畑……雨の日のあの男、妙な竹……僕が関わってきた中で、神魂の消失を見た事件）
一人、陣を編む中で天野は考える。
（キャベツと竹は切られたから、犯人は突きで昏倒した時に。ダメージを追ってはいるが、死んではいない状況だった。あの状況に追い込めばいいのか……いや、そんな危ないことは……）
今は考えている場合ではない。天野は湧き上がる考えを振り払い、目の前の陣にだけまた集中する。

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