「ふう、暑い暑い。まるで夏だよ」
タオルで流れる汗をぬぐいながら、寝子高用務員『チョーさん』こと、
長南 武治(ちょうなん たけじ)が午前中の仕事を終え、用務員室に戻ってきた。真っ先に彼が向かったのは入り口横に置かれたバケツだった。
「ちぎりちゃんのタオルを取り替えようかねえ」
バケツの中にはちぎり、と呼ばれた子ガラスがいた。小さい頭を武治のほうに向ける。この幼鳥はかつて『妖怪トレペちぎり』の名で呼ばれ、学校のトイレを荒らす悪者と考えられたこともあった。寝子高生たちの奮闘でその正体が暴かれてからは、この鳥もまた同情すべき被害者とされ、当面の住まいをこの用務員室に置いている。
武治はしゃがみこみ、手にしたもう一つのバケツにそっとちぎりを移し替えた。両の羽を包むタオルを取り払い、新しい乾いたタオルで巻きなおす。タオルはじわじわと水で濡れそぼっていった。翼を覆っていたタオルを絞ると、大量の水があふれ出る。神魂の影響によって水が湧き出るようになった翼の世話を、武治はこまめにしてやっていた。
「これでしばらくは大丈夫。水は花壇の花にやるからね」
仮にも神の力の一片が宿ったちぎりの羽から出る水は、常に清浄である。武治はこの現象を理解できないながらも、「そういうこともある」との信条に従い、ありのままを受け入れていた。この老用務員は捨てるのはもったいない、とちぎりから生まれる水を再利用していた。この子が生きていることは何かの役に立っている、と信じてやりたかった。
「次は餌だね。ほうらお食べ。きょうはりんごはないよ、好き嫌いしちゃいけないよ」
と、ささみを細かく裂いて与える。ちぎりは馴れた『チョーさん』の手から肉をついばんだ。
「生徒さんがかわいがってくれるのはいいんだけどね。この子の好物ばっかりあげちゃうからねえ」
と苦笑する。
「でもねえ。いつまでもこのままお前を預かっておくわけにはいかないんだよ」
チョーさんは眉を下げ、しわの寄った顔に困ったような表情を浮かべた。
と、ノックの音がして、一人の女生徒が入ってくる。
大天使 天吏だった。
「……こんにちは」
「ああ、大天使さんかい。いつも来てくれてありがとうね」
天吏は静かに室内に身を滑らせ、後ろ手に扉を閉める。その姿を見て、ちぎりはぐるりと首を回す。自分をかわいがってくれる人間の姿をみとめ、バケツから飛び出そうとして、危ういところを捕まえられた。
「……ちぎりちゃんは、どう?」
「よくないねえ。病気は治る様子がないし……実は苦情が来ているんだよ」
武治はため息をつく。
「校庭なんかにカラスが来ると、おびえて鳴いてしまうんだ。いじめられたことがあるのかもしれないね。それに、用務員室はペットを飼う場所じゃあない。先生方にも今週中にどうにかするように言われていてねえ」
「……今週中……」
「それに水の始末も困っていてね。あとからあとから出てきちゃうからね。目を離していると溢れていることもあるんだよ」
武治は、あいたた、とかがめた腰を伸ばして立ち上がった。用務員の仕事に加えて、動物の世話をするのは体にこたえるようだ。
部屋を後にした天吏は、携帯を握り締める。普段あまり使わない、『ねこったー』を開こうと思った。
『あと一週間で追い出されてしまう、用務員室の鳥をみんなで助けませんか?』
【シナリオ概要】
シナリオ『妖怪トレペちぎりの謎』に登場した、ちぎりの今後について、一緒に考えてあげてください。必要な情報は以下に記しますので、前シナリオを知らない方でも問題なく参加していただけます。つぶやき形短文投稿掲示板『ねこったー』に、大天使 天吏さんが投稿したメッセージが次々と転送され、動物好き、ニュース好きの方々はちぎりの話についてすでに知っていることでしょう。
現状問題となっているのは、
・神魂の影響により、ちぎりの自活がほぼ不能であること
・学校からは、鳥を何とかするように言われていること
・翼から出続ける水の始末
この三つです。このいずれかにかかわる形のアクションがもっとも取りやすいでしょう。
【『ちぎり』について】
ちぎりは若いハシブトガラスで、シナリオ『妖怪トレペちぎりの謎』に登場した妖怪の正体です。神魂の影響を受けて両の翼がスポンジ状に軟化し、多量の水を排出し続ける特異体質になっています。翼はいつも重そうに垂れ下がっており、よたよたと地面を歩くことしかできません。ラフイメージについてはシナリオガイドのトップをご覧ください。
栄養が充分に取れずにいるので、発見時にはかなりやせていました。現在は北校舎端の用務員室で、用務員の長南 武治(ちょうなん たけじ、愛称チョーさん)が面倒を見ています。トレペ事件の最中、生存のためにライバルの活動が少ない夜間に活動することを選んだ結果、若干昼夜逆転気味になっています。
翼の水分を抜き取ると即座に翼がぴんと伸び、飛ぶことができるようになりますが、すぐにまた水がたまり、元のスポンジ状に戻ってしまいます。このことを経験から学んだちぎりは、トレペちぎり事件で再三最寄の寝子高トイレを襲い、トイレットペーパーで自分の水を吸い取らせた後でわずかな食糧探しに出かける生活を繰り返していました。変化した体を何とかするには神魂の力を完全に取り除くか、常に水分を何かで吸い取ってやらなければなりません。ちぎりの体から生み出される水はいつもきれいです。水分が湧き出る箇所は、正確には羽毛部分です。
年齢ははっきりしませんが、口の中がまだ赤く、目が青いので(カラスは加齢と共に口内や目が黒くなります)1歳程度の若年でしょう。性別はわかっていません。高い知能を持っており、親切にしてくれる人、自分に意地悪をした人の顔は決して忘れません。引っ張ったり、乗ったりできる道具をおもちゃとして遊ぶことがあります。好きな食べ物はハムとりんごです。が、チョーさんは偏食を心配して好きなものはあまり与えないようにしています。
一生世話をしてやるのか。
神魂の影響を取り除くのか。
野生に返してやるのか、ペットにするのか。
ちぎりの将来は皆さんにゆだねられました。
ニュースを広める、用務員さんを助けるなど、自由な発想でシナリオに参加なさってみてください。