異世界クリエイター、始めました｜リアクション

異世界クリエイター、始めました

●緑の精霊と転がるマリモ

　三宅葉月は、星ヶ丘寮のアトリエで一心不乱に絵を描いていた……はず、だったのだが。
「ここは……」
　集中力が途切れた瞬間に、自分が、異世界に召喚されていることに気が付いた。
　キャンバスも、手にした絵筆とパレットも一緒である。
　そして、見渡す限りに広がる荒野は、絵の形にするには、殺風景に過ぎた。
（ここまで来ると、圧倒的ね）
　命の輝きは、殆ど感じられない。
　大地はどこまでも渇き切っていて、偶に影を落とすコウモリも、生き生きとした様子には思えなかった。
『救世主さま、聞こえますか、聞こえますか』
　不意に、姿のない声に呼ばれて、ハッとなり絵筆を置く。
　そんな葉月の様子をどこから見ているのか、『気付いてくださいましたか』と、ほっとしたように、声。
　そして、何度も葉月に呼びかけていたらしいその声――《管理人》曰く。
「……私達に、この世界の行く末を託したい？」
『そうです。手のひらの中の、その金のタネを使って』
　葉月は、翡翠の双眸をごく軽く瞠った。
　ほんのりと温もりを感じたと思ったら、手のひらに、金色に光るタネが握られていたのだ。
「これで、この荒廃した世界を光彩陸離たるものにしろ、と？」
『世界がどのような形になるかは、救世主の皆さま次第です。そして、それで良いのです』
　成る程、必ずしも、美しい世界を目指さなくとも構わないらしい。けれど葉月は、
「わかったわ」
　と応じると、この世界に緑を育む為に金のタネを使った。
　生まれたのは、マリモに似た、ころんと丸い生物だ。
　エメラルドのような輝きを放つ彼らは、まるで宝石の珠のようでもあるが、
「みー、みー！」
　と愛嬌たっぷりに鳴いて、ぴょんこぴょんこと跳ねたり、葉月の足に擦り寄ったりした。
　マリモ（と、仮に呼ぶ）は、植物でもあり、動物でもある。
　葉月は、わらわらと寄ってきたマリモ達を撫でてやりながら、彼らに言い聞かせた。
「あなた達には、この荒れ果てた世界を緑で満たす役目があるの。よろしくね」
　方法は、説明しなくたってわかるはず。
　マリモ達は、「みぃ！」と元気良くお返事をするや、ころころころりと転がり出した。
　そうしてマリモ達は、転がる度に、植物の種子を撒き散らすのだ。
　どんな環境にも耐えることができる、丈夫な植物を育む種子を。
「みー、みー、みー」
　転がって、転がって、転がって。
　やがてマリモ達は、それぞれに勝手な場所で根を張る。
　そして、葉月が見守る前で、見る間に姿を変えていった。
　ある個体は若い樹の芽に、ある個体は青々とした草に、ある個体は可憐な花に。
　渋いところでは、苔に変じるものもあった。
　ほう、と、葉月は、静かな、けれどそこに感嘆の色の混じるため息を吐く。

「何て言えばいいのか……圧巻ね」
　マリモ達が撒いた種子は、小さなマリモへと成長して、風に遊ばれ始めた。
　ころころと転がったり、風に乗ってふわふわと空を飛んだり。
　そうしてじきに、彼らもまた、彼らを生んだマリモ達と同じように役目を果たしていくのだ。
　ふと、ちびマリモが、風に導かれるようにして葉月の方へと飛んできた。
　両手を広げて、受け止めてやる。
　ちびマリモは、嬉しそうに「みーみー」と鳴いた。
　マリモ達は、とても大人しい。
　自分達から他の生き物を襲うことのない彼らは、けれど、すくすくとこの地に緑を運ぶだろう。
「あなたも、いってらっしゃい」
　葉月は、じゃれてくるちびマリモを、そっと宙へ放った。
　ちびマリモが、遠く、遠く、飛び立っていく。
　葉月はそれを、ずっとずっと見送った。
　良い旅をしてね、と零した声は、風に乗って、きっと、ちびマリモにも届いたはず。