＜零神探訪＞青の幽玄（ブルー・アルカディア）｜リアクション

＜零神探訪＞青の幽玄（ブルー・アルカディア）

●聖域・２

　天師が一瞬たじろいだのを、夏夜は見逃さなかった。
　中華風猫シールを自分の衣服に貼ってろっこん＜重く軽く＞発動させ、次の動作で進化能力を使い、天師の顔を覆う黒布目掛けてシールを射出する。張り付いた、と見るや、夏夜はすかさず念じた。
（目一杯重くなれ……！）
　突然の重みに、天師はふらつき、顔を押さえたが間に合わなかった。
　ごとん！　とまるで石塊のような音を立て、顔を覆っていた黒布が床に落ちる。
　現れたその姿は――、

「じ、ジンさん……！？」

◇

　同じころ、聖域の扉前で見張りをしていた志波武道も驚いていた。
　なぜならば、聖域とは反対の居住区の方からやってきた道士服の貧相な男が、どう見ても今まで一緒に行動していた人物とは別人にも関わらず、「静先明（ジン・スアンミン）」と名乗ったからである。
「ど、どゆこと……！？」

◇

　黒衣の男が指を鳴らす。
　夏夜は我に返り、振り向いた。一緒にいたはずのジンの姿がない。
「瞬間移動……いや、違う。まやかし？」
「ふふ、どちらもハズレです。ちなみに私の本当の名前はクロード。以後、お見知りおきを」
「どうして……ジンさん、ずっと一緒にいて……天師はこの聖域に閉じ込められてたハズじゃ？」
「ジンとして貴方がたと一緒にいたのも私。天師としてここに閉じ込められていたのも私。……それじゃあ、お気に召しませんか？」
「お気に召さないよ」
「やれやれ。かの老人が私のことをよく知らなかった。ただそれだけの話ですよ」
　優雅に一礼するクロードに、ブリジットは忌々しそうにいった。
「やっぱりね！　こんな事じゃないかと思ってたわ。糸目で表情を読ませないチャイニーズは油断ならないってグランパも言ってたし」
「それはそれは。慧眼恐れ入ります」
「零神像はどこだ……」
　御剣刀が低く唸る。
「何故、今になって村人を僵尸化した！　ウン・ウェンダオの話によると、この村の住人は穏やかに暮らしていたそうじゃないか！　たとえはじめから死人だったとしても、今更、僵尸にする必要はなかったろう！」
「おやおや、何か誤解なさっている。私が、零神像を使って意図的に、村人を僵尸化したとでも？」
「違うというのか！」
「違います。ともに海を渡り、ともに永きをこの地で過ごして来た人々を何故、私がどうにかしなければいけないのです？　すべては誤算だったのです。神の力の残滓は思いがけず強力で、制御不能なものでした。このような事態に陥ろうとは……想定外です」
　そういうと、ふいに寝子島からの客人たちを見回して。
「ああ、なぜ私の書いた札が効いたのか気になりますか？　千年の間、手慰みに学んできたからですよ、道士の技をね。しかし、村の破滅を願っていたわけでは断じてない。すべては貴方たちが捜していたコレのせいです。――お返ししましょう」
　クロードは袂に隠し持っていたものを空中に放り投げる。
「まさか……！　零神像……！」
　夏夜が駆け、落下直前でキャッチする。
「守れなくてごめん……落神様。迎えに来ました」
　しっかり両手で抱えたのを見て、皆が胸をなでおろしたのも束の間、夏夜は悲痛な叫びをあげる。
「割れてる……！」
　ようやく手にした零神像は縦に真っ二つに割れており、その左半身しかなくなってしまっている。
　荒い彫りの木像で、目鼻立ちは朽ちてしまっているが、左を向いた女であるのは分かる。
　なにかを捧げ持つような手つきで前に突き出された左手。
　おそらくその手に、ユチェンが持っている珊瑚玉が乗っていたのだろう。
「なんてことを……！」
　夏夜はクロードに吼える。

「零神像を別の神扱いし、監禁した挙句、破壊、だと……！　信仰貶める愚行だ、罰当たりめ！」

　黒衣の男は、いやいや、と首を振って眼鏡を押し上げ答える。
「別の神扱いしたわけではありません。もともと私が欲しかったのはこちら側のみ」
　クロードは零神像の右半身を掲げ持っていた。右半身は左半身とは全く違う右向きの獣の形相。
　その右手にあの珊瑚珠と対になるような、青い宝珠が乗っている。
「それが『絶神』だとでもいうのか！」
　刀は答えを待たずに抜刀した。
「人の死はかりそめ？　死してなお生き続ける？　死は現世での終わりだ、だから皆生に足掻くんだ」