＜零神探訪＞青の幽玄（ブルー・アルカディア）｜リアクション

＜零神探訪＞青の幽玄（ブルー・アルカディア）

●聖域・３

　脳内で撃鉄を落す。
　――＜加速＞。
　刀に宿ったろっこん。神のもらい火。
　この力の扱いには随分慣れた。だから、相対的に自分以外の時間の流れが遅回しのビデオのように感じられるこの感覚も、いまや馴染んだものだった。
「膝を斬り落とせば動きを封じる事が出来るだろう、それとも、首を刎ねれば終わるか？　ここは屍者が彷徨う世界じゃない、そのまま終われ」
「御免ですよ」
　薙ぎ払うように下段で繰り出された刃引き刀を、クロードは腰に帯びた剣で受け止める。
　加速のついた重い一撃。鞘は割れ、中の鉄剣と刃引き刀がせり合って火花を散らす。
「カアァァッ！！」
　クロードの口が耳元まで裂けた。
　刃物のように鋭い歯が幾重にも並んでいる。
　クロードは後ろに飛びずさると、近くにいた夏夜の首筋目掛けて飛びかかってきた。
「人間じゃないとは思っていたけど」
　防刃仕様のコートの襟を立てた朝鳥さゆるが、零神像の半身を持った夏夜とクロードの線上に割り込み、鳳凰のあしらいのある鞘で弾いて夏夜を守る。
「せっかくの鳳凰が傷つくじゃない……神様って、本当に生き血を啜るのが好きね」
　刀がクロードに追いすがる。
　振り向きざまクロードは鉄剣を抜き放った。
　打ち合う剣と刀。
　刀とクロードの鍔迫り合いは拮抗している。
「加勢する！」
　新田亮は息を止め、
（発動、倍化！）
　と＜鬼人の体（サード・フォース）＞をめいっぱい進化能力まで発動させ、硬球を振りかぶった。
　狙うはクロードの横っ腹。
　この一撃は必殺とはなるまい。だが、衝撃で一瞬気を逸らせる。それが狙い。
　放つ。
「！」
　クロードが横目でそれを確認したときにはもう、球は狙い通りの場所に食い込んでいた。
「む」
　だが、クロードはそれに耐える。わずかコンマ何秒かの拮抗の歪み。
　これを機と見て、桜庭円が桃木剣を上段に振りかぶり、床を蹴って跳んだ。
「アイヤー！　覚悟！」
　振り下ろす。
　クロードは刀との鍔迫り合いから身を引き、この攻撃を確実に避ける選択をした。
　円の渾身の一撃は、床に打ち付けられることになったが、わかったこともあった。
「わかった。僵尸とおんなじで、桃木剣の攻撃が怖いんだ」
　不死人といっても、所詮死人なのだ。
「ねー、どーせもう千年以上前に死んでるんでしょ！　もう充分じゃん！　いいかげん、不老不死とかに縋るの、やめなよ！　これ以上どうしたいのさ！」
　クロードは奇妙に顔を歪める。
「決まっているでしょう。いま一度、絶神様にお目にかかり、お仕えしたいのです」
「そいつがどれほどのものだというんだ。だって、俺の知ってる落神筆頭って言ったらアホの子だぞ？」
（零神にしろ絶神にしろ、あれよりまともだって保障あるか？　まあ、猫と烏は普通に凄いが）と刀は心中で思う。
「神もいろいろ……愚かな神もおります。しかし絶神様は違う」
「俺にはわからないな」
　腰を落とし、加速の体勢に入った刀に、円が自らの桃木剣を放り投げた。
「これ、使って！」
「わかった」
　加速し、空中を蹴ってまだ空中高くあった桃木剣を掴むと、その場で反転。
　弾丸のように空中をクロードに向かって走る。
　クロードは剣を構えたが、その刹那、剣が剣身とツバと柄とに分かれ、ばらばらになって落ちた。
　八神修が剣を見据えて精神を集中させている。
「悪いけれど＜分解＞させて貰ったよ」
「なに……ッッ！！」
　その時にはもう、刀はクロードに迫り、借り受けた桃木剣を高々と振り上げていた。
　一閃！
　剣を持っていたクロードの右腕が断ち切られ、宙に舞う。
　千切れた黒布が腕からほどけ、空中に黒い螺旋を描く。
　露わになった右腕は、みるみるうちに枯れ枝のように干からびてゆく。
「ハ、ハハ、ハハハ！　久々に震えました！　腕一本、くれてやりましょう！」
　クロードは、高く嗤った。
「漸く、私も吹っ切れました。もう村の民たちを戻すすべはない。ああ、千と幾百年かぶりに、絶神様の鼓動が聞こえます。我も為すべきことを為しましょう。さらば、青の幽玄――我が理想郷（アルカディア）よ！」
　片腕となった黒き男は、仰向けに轟々と音を立てる滝へ身を躍らせた。
　残った左手に狼面の零神像の半身を抱えたまま――。

　残ったのは、ごうごうという滝の轟きと、半身の手から落ちた青珊瑚の珠ひとつ。
　
　青の幽玄。
　麗しや、死者の理想郷……。

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