＜零神探訪＞青の幽玄（ブルー・アルカディア）｜リアクション

＜零神探訪＞青の幽玄（ブルー・アルカディア）

●聖域へ

　烏の塔へ行っていた者たちが、楓たちが一掃した地下墓室を抜け、聖域入り口にほど近い出口――そこのみ、修が閉じずに待っていた――からようよう駆けつけたとき、時刻はもう夜になっていた。といっても、スマホの時計のデジタル数字がそう教えてくれるだけで、霞かかった岩ぐらの村の中で昼夜を明確に判別するのはとても難しい事だったが。

「文句言ってるうちに塔終わっちゃったので、よく覚えていませんけど、何かいいものをゲットしたみたいですねー。へーおめでとーございまーすいいものもみれましたしねーへるもんじゃないからいいんですけどねー」
　などとぶーぶー言っていた「黒」な屋敷野梢は、伏見真のあとに現れたユチェンを見るなり飛びついた。
「ユチェン君！　無事でしたか！」
「は、はい」
　目を白黒とさせるユチェンに、梢は容赦なくまくしたてる。
「ナイフの練習してるんですってー？　男子！　って感じですねー。今度、私の攻撃を避ける練習に付き合ってくれませんか！　蝶みたいに、ヒラヒラ避けちゃうんですよー、ふふー。あ、でもその時は、柔らかい棒でお願いしますね」
　如月庚がごちんと梢の頭を手刀で叩く。
「おま……柔らかい棒って、少年相手に何言ってんだ……困ってるだろーが」
「だーって。如月君にけがされて傷ついたこの心！　可愛らしい少年に癒されずにはいられません！」
「だから悪かったよ……あとで飲茶奢ってやっから……ユチェンも食うか？　……ユチェン？」
　心ここにあらずという顔で俯いていたユチェンは、弾かれたように顔を上げた。
「は、はい」
「ユチェンくん、どうかしましたかー？」
　梢が首を傾げる。
　ほおっとけ、と庚が梢をつつく。こういうとき、女は無神経で困る。黙って悩む、それもまた少年の仕事なのだと、庚などは思ったりする。

「レリーフを！」
　扉のくぼみの前でブリジット・アーチャーが手招きしている。
　兎のレリーフを持った夏夜と、烏のレリーフを持った海が進み出て、その周りを皆で囲む。
　扉に描かれた太陽と月。それに呼応するように兎と烏のレリーフを嵌めるのだろうというのは予測がつく。
「どっちがどっちだろう？　月と太陽？　対になるもの？」
　音海なぎさが言うと、
『そういえば金烏玉兎って聞いたことあるかも』
　と海がスケッチブックに綴る。覗き込んだ桜庭円も大きく頷く。
「金烏玉兎かぁ。なくはないよね。そのまま太陽と月、って意味もあるけど、歳月や時間とか、月日の運行って意味もあるんだっけ？」
「そういえば安倍晴明が編纂したと伝えられる『金烏玉兎集』という陰陽師のための書もあるやんね」
　と真が言う。
「金烏は、太陽に棲むっていう三本足の金の烏で太陽の象徴。玉兎は、月に棲むいう兎で月の象徴や。晴明はんの時代は、月日の運行や気の巡りを知り、吉兆を占っとったわけやね」
　夜海霧楓はちょいと首を傾げた。
「金烏玉兎は成程だが、ここでは生死が反転してるようだ……窪みに入れる何かも実は逆だったり？」
　皆の話を書き留めていたなぎさも、楓の意見が気になるようだ。
「情報をまとめると、太陽と鳥、月と兎。方角を干支で示すと、鳥――酉は西方角で、兎――卯は東方角になるよね。卯は茂る時間、酉は成熟の時間。でもここでは、烏の塔が東で、兎の塔が西にあった。西と東が逆なのは、反転とも考えられ……時を止める？」
　烏のレリーフは東の塔に、兎のレリーフは西の塔に納められていたのは、なぎさの考え通りかもしれない。
　問題は、目の前の扉はどうか、ということだ。『金烏玉兎』そのままなら、太陽に烏、月に兎のレリーフを嵌めればいいことになる。だが、楓やなぎさの言うように『不老不死』や『反転』を意味するのであれば逆に、太陽に兎、月に烏ということもありうる……。
　道具は揃ったが、真逆の二択を突きつけられ、一同は困った挙句に梨香を見た。
「そうね、金烏玉兎も反転も、どちらも一理ありそうだけれど……今、私たちは『時を止めたい』のではなく、『先に進みたい』。だから――」

　太陽に烏。
　月に兎。
　金烏玉兎のかたちにレリーフを嵌める。

　それは、ほとんど勘と言っていい決断だった。
　しかし、冒険者はこの『直感』が大事だ。直感なくして生き残ることはできないと言っていい。
　ごうん、と力強い音がして。
　ゆっくりと扉が内向きに開いた。